ほぼひとりごと 2021年7月13日(火)

MONGGO MORO

(写真は、大久保通りから新宿御苑駅近くに引っ越ししたインドネシア料理店、MONGGO MOROです)

去年の春、大久保にあるMONGGO MOROという店名のインドネシア料理レストランに行きました。メインになるおかずを選ぶと、ごはんや付け合わせが付いてくるセットが基本の美味しい店でした。

インドネシア人のお客が多く、イスラム教国なので、お酒がありません。飲んでみるまでなんだかわからないソフトドリンクはインドネシア料理の味にあったテイストで、ミステリアスな美味しさでした。

翌日、もう一度食べたくなって、お弁当を買いに行きました。お店で食べるように、おかずを選んだお弁当と、インドネシアの焼きそば、ミーゴレンを買って帰りました。お弁当でも美味しく食べられました。

大久保通りは、毎日一万歩散歩コースで、人の少ない時間に歩くことがありました。MONGGO MOROの前を通るたびに、元気でやっているなと確認しましたが、なかなか、再訪の機会がありませんでした。

大久保通りにある、たくさんの韓国料理店の中には24時間営業の店もありましたが、MONGGO MOROはお昼と夜に営業するレストランだったので、散歩で通る朝の時間帯には閉まっていました。

そのうち、看板が変わり、いつの間にか、不動産屋さんになってしまいました。持ちこたえられなかったのかとガッカリし、営業しているうちに行っておけば良かったと深く反省することになりました。

ところが、しばらくして、新宿御苑前駅近くの新宿通りに新装開店していることに気づきました。このあたりも、散歩コースでしたが、気がつきませんでした。MONGGO MOROの看板、うれしかったです。

#MONGGO MORO  #インドネシア料理 #引っ越し

自分(の仕事)史 2021年7月12日(月)

JFKから

(写真は、数年前、マンハッタンのシックスアベニューで撮ったものです。いろいろなタクシーが走り、SUVも増えました)

VIP扱いだと、ドアからJALのスタッフがアテンドし、入国もスムースに行きますが、普通は入国カウンターの長い列に並びます。他の便と重なった時など、荷物のチェックが終えて外に出るまで結構な時間がかかります。

外に出ると、出迎えの人がたくさん待っています。その中をかき分けてタクシー乗り場を探して、歩いていくのも一苦労です。JALのターミナルと言っても、いろいろな航空会社が使っているので、出迎えの人は多国籍です。

JFK空港で、JALとKAL(大韓航空)は同じターミナルを使っていました。ニューヨークのデリは韓国人が経営している人が多く、入国してくる人も、ここで働くぞという熱意がみなぎっているような感じでした。

JAL便が着くと、駐在員風の人や家族が多く、不安が顔に出てはいるものの、なんとなくのんびりしたムードでした。私も同じような表情でターミナルに現れたのだと思います。一気に籠の中から、外にでることになります。

慣れてからは、マンハッタンまでの移動に、空港バスや地下鉄を使うようになりましたが、最初はタクシーです。ガイドブックには白タクに気をつけろと書いてあったので、ドキドキしながら、イエローキャブを探しました。

シンガポール対岸のインドネシア領バタム島に行った時に、客引きしているタクシーしかいなかったことを思えば、どうということはありませんでしたが、見るもの聞くもの、すべてが不安の種でした。

日本のハイヤーより気軽に乗れるリムジンを予約すれば、名前を書いたボードを持ったドライバーが迎えてくれています。日本人のドライバーやリムジン会社も多く、慣れてからは重宝しました。

#JFK #ニューヨークタクシー #入国手続き

一週間(7月4日(日)~7月10日(土))

週刊日記

熱海での土石流。土盛りをした経緯などが報道されていましたが、山を守っていた森林を伐採し、売れる土地を増やしていった結果、土石流を防げなくなったということです。風光明媚な熱海の裏側の事実です。

昔、箱根外輪山をハイキングした時、尾根伝いの道沿いに廃車になったクルマや電化製品が捨てられていたのを見たことがありました。どうやって、ここまで運んだか不明でしたが、土を被せれば見つかりません。

きれいごとばかりを言っているわけには行きませんが、捨てられ、隠された産業廃棄物が大変なことになるかも知れません。廃液が川を流れて汚染するなど、命そのものに悪影響を及ぼすかも知れません。

梅雨末期の豪雨が続いている中、行方不明の方の捜索が難航しています。ニュースを聞くとたまらない気持ちになりますが、これが現実です。SDGsとお題目を唱えても、実行につなげなければと自省しました。

都議会議員選挙は、勝者なき戦いと言われていますが、国政上の課題に対する有権者の意思が垣間見られたような結果になりました。盛り上がらないオリンピック開会を目前にして、分断が固定化しそうです。

自分の身の回りでは、特段のことのなかった週でしたが、社会的には嫌だなと思うようなことが起こり続けています。自分にできることはないと割り切ってしまって良いのだろうかと考えてしまいます。

すでに1か月続いている足指の痛みはだいぶ薄らぎました。多少の違和感は残っていますが、普通に歩くことができるようになりました。あらためて、普通が大事だと痛感しています。蒸し暑い日が続きます。

ほぼひとりごと 2021年7月11日(日)

松陰神社前商店街

(写真は、東急世田谷線松陰神社前駅の踏切から撮った、松陰神社前商店街です)

子供の時、山口県萩市の松陰神社が本家だと知りませんでした。地元の氏神様ではないことや、境内で子供が遊べないとか、お祭りも予告もなく、一日だけで縁日も出ないなど、なじみの薄い神社でした。

松陰神社から、踏切を渡って、世田谷通りまでが松陰神社前商店街です。沿線では、三軒茶屋、下高井戸についで、賑やかな商店街だったと思います。ほとんどのことが間に合う店が軒を並べていました。

肉屋さんやクリーニング屋さんなどは、毎日のように御用聞きに来てくれていました。肉屋さんに、隣の八百屋さんから野菜を買って来てもらったこともありました。そんな時代があったのは50年以上前です。

踏切の横には本屋さん、パンも売っているお菓子屋さんと、内科のお医者さんがありました。パンを売っている精養堂は今でも残っています。内科の医者さんにもよく行って、太陽灯をあててもらいました。

出前をしてくれる食べ物屋さんも、日本そば、中華料理、うなぎ、お寿司などがあり、選び放題でした。日本そば屋の出前は自転車に乗って、片手で、曲芸のようにお盆を重ねて調子を取っていました。

たばこ屋さんの隣の和菓子屋さんでは、お饅頭やお団子など甘味のほか、かんぴょう巻やおしんこ巻などの海苔巻や稲荷ずしも置いてありました。今でもその懐かしい味を覚えているくらいです。

商店街の中に、小さなスーパー風のお店が出来たあと、近く本格的なスーパーも開店し、代替わりしたお店もたくさんありますが、昔からの店も残っている松陰神社前商店街は今でも賑やかです。

#松陰神社 #松陰神社前商店街 #御用聞き

ほぼひとりごと 2021年7月10日(土)

(写真は、鳩サブレ―で有名な豊島屋の3階にある喫茶店扉のメニューです)

半世紀前の1971年に、高校生から大学生になりました。小学校の遠足から始まり、背伸びしたデートや免許取り立てのドライブなどで鎌倉はなじみのある場所で、何回も行ったことがあります。

今と同じようなイメージだった横須賀線鎌倉駅東口を出ると駅前広場と小町通に何軒かの喫茶店がありました。正面の今、ニュージャーマンベーカリーのあるところにも、少し風変わりな喫茶店がありました。

残念ながら名前を思い出すことは出来ませんでしたが、オレンジクーラーとか、レモンクーラーとかいう名前で、生のオレンジやレモンの香りのコーヒーがあり、結構美味しかった記憶があります。

そのころの記憶にはありませんが、分厚いホットケーキを出す小町通のイワタは、いつも混んでいるクラシックな趣の店です。入ると、ホットケーキは焼くのに1時間くらいかかるが注文するかと聞かれます。

小町通のお店も、ほとんどが代替わりしています。京風お弁当を出す円山や、釜めしの杉ノ目なども、背伸びして入ったことがある店もなくなりました。当時の財布で大丈夫な程度の値段の店でした。

鳩サブレ―で有名な豊島屋の3階に扉という喫茶店があります。当時も豊島屋の中にあったのか、まるきり覚えていませんが、古風なメニューの説明によれば、1955年創業のお店だそうです。

思い切って入った扉で紅茶とプリンを頼みました。美味しい紅茶とクラシックな感じの硬めのプリンでした。扉という名前は記憶していましたが、昔、入ったことがあるかどうかは最後まで思い出せませんでした。

#扉 #鎌倉駅前 #喫茶店

ほぼひとりごと 2021年7月9日(金)

バリアフリー

(写真は、千代田線代々木公園駅にある上りエスカレーター。お世話になっています)

 

足指が痛く、歩くのが苦痛だった時、エスカレーター、エレベーターには大変お世話になりました。バリアフリーが制度として推進されているおかげで、階段しかない駅が少しづつ減少しています。

お年寄りやベビーカーの人がエレベーターが来るのを待っている時は、足指が痛いだけで、見かけは変わらないので、少し臆してしまうことがありますが、少し歩いてもエレベーターを使ってしまいます。

副都市線北参道駅のように、土地の形の関係なのか、地上までエレベーターを使おうと思うと、結構なヨコ移動をしなければならない駅もあります。痛い足を引きずりながら歩くのは一仕事です。

上りのエスカレーターは増えましたが、下りはそんなに多くありません。双方向で設置されていれば良いのですが、千代田線代々木公園駅のように、上りのエスカレーターだけの駅がほとんどです。

症状にもよりますが、下りの階段の方が厳しい場合もあります。リズムをとって、トントンと下りるのは、普段であれば何の問題もありませんが、痛みがある時は一段ごとに激痛がしてしまう場合もありました。

千代田線代々木公園駅の出口は、代々木公園駅前と代々木公園西門のバス停の間にあり、代々木公園駅前の方が少し近くなりますが、代々木公園西門側にしか、エスカレーターがありません。

エレベーターは西参道の向かい側にしかありません。ベビーカー、クルマ椅子を使う方にとってのバリアフリー度が十分だとは言えないと思いました。足指が痛くなって、いろいろなことに気づきました。

#エスカレーター #エレベーター #バリアフリー

ほぼひとりごと 2021年7月8日(木)

雨の銀座

(写真は、みゆき通りと外堀通りの交差点から、数寄屋橋に向けて撮りました。紫陽花が目立っています)

雨の銀座に紫陽花が咲いていました。人もクルマも少ない日が続いています。もう少し遅くなると街の灯も暗くなるようです。タクシーの行列もなかなか進みません。まわりのネオンも寂しそうな感じです。

紫陽花の咲いている場所の前は、旭屋書店があったところです。待ち合わせに使ったことが何度もあります。インバウンドをターゲットにした銀座東急プラザになって、ビルの中に入ることが少なくなりました。

同じように、インバウンドをターゲットにした、銀座松坂屋あとの銀座SIX、大改装してイグジット銀座になった銀座メルサも、なじみの薄い店舗が増え、品ぞろいも激変し、入らなくなってしまいました。

週末になると、昼間の人出は戻り、密になるのではと心配するくらいになっているようですが、平日の夜は閑散としたままの状態が続いています。傘の花が咲く、雨の銀座の賑わいはどこにもありません。

大企業の幹部なども、黒いクルマで銀座に乗り付けたところを写真で撮られたりしてはまずいと思っているようで、東京の夜、接待の街の象徴になっている銀座への足は遠のくばかりみたいです。

そんな銀座に紫陽花が咲いていました。昔は柳の木が植わっていた歩道です。毎度のことですが、何度も通った交差点ですが、紫陽花には気づきませんでした。見逃している街の景色がたくさんあります。

外堀通りの向こう側にある熊本館や、ショッピングビル、数寄屋橋交差点には不二家のネオンが輝いています。ソニービルがなくなって景色も変わったこの場所、雨の銀座はひっそりとしていました。

#紫陽花 #雨の銀座 #数寄屋橋

ほぼひとりごと 2021年7月7日(水)

代々木ブロードウエイ

(写真は、一旦開店したあと休業しているブロードウエイダイナーの隣、代々木ブロードウエイです)

しばらく前に通った時は、ブロードウェイダイナーの2階にあるエンパイアレストランだけが営業しているようでした。外に出してあったメニューは、ブロードウエイダイナープレオープンと似たようなものでした。

外装はアメリカンダイナー風ですが、メニューにはタコライスがあったり、そうでもありません。せっかくなので、アメリカンメニューで徹底してほしいものですが、タイミングの悪い時期にあたってしまいました。

隣り合った二つの建物がこの先、どんな展開になるのか、興味を持って眺めています。建物の右側には、屋台村の親戚のような飲み屋さんが並んでいる路地があり、アメリカンはここでおしまいです。

湘南新宿ラインや埼京線が走る山手貨物線の厩道踏切を越え、千駄ヶ谷地区に入ると、エンパイアステートビルかと見まごうドコモタワー、新宿高島屋のあるタイムズスクエアと呼ばれるエリアがあります。

代々木ブロードウエイから、新宿駅方面を見て気がつきました。エンパイアステートビル、タイムズスクエアと来ると、ここが代々木ブロードウエイになっても、何の不思議もないということだと思います。

せっかくなので、一日も早く、代々木ブロードウエイがグランドオープンし、賑わうようになってほしいと思います。できれば、もう少しニューヨーク風のメニューになれば、最高だと思って、期待をしています。

新宿と地続きになっている代々木エリアは地味ですが、たまに面白い店が出現します。残念なのは、話題にならす、長続きしないことですが、代々木ブロードウエイには頑張ってほしいと思います。

#代々木ブロードウエイ #ブロードウエイダイナー #エンパイアレストラン

 

ほぼひとりごと 2021年7月6日(火)

青山通りのマクドナルド

(写真は、青山通り沿いの北青山三丁目、オリンピックの隣にあるマクドナルドです)

値段の高そうな店が増えている表参道、青山地区。昨日のテーマにしたオリンピックと隣にあるマクドナルドは入りやすいお店です。以前は24時間営業だったマクドナルドは、いろいろな意味で貴重でした。

結構美味しい100円コーヒーを頼んで、長時間滞在する人もいました。さすがに完全に眠ってしまうと店員から注意されていたようですが、見通しの良い店内なので、安心して滞在でき、トイレもあります。

24時間営業なので、早朝散歩で前を通ると、早起きの年配者などがコーヒーを楽しんで姿が見られました。一時期、テイクアウトだけになった時は、困った人が続出したのではないかと思います。

コロナ禍以降変わったのは、注文待ちをしているデリバリーの人たちが増えたことです。マンションも増えている青山通りかいわい、気軽に注文できるマクドナルドが大好きな住民も多そうです。

ニューヨークに住んでいた時、マクドナルドにはお世話になりました。お店で注文する際、HotTeaが通じなくて往生したこともありました。お気に入りは、ビッグマックミールというセットでした。

東京に戻って、マクドナルドでビッグマックミールと言ったら、通じませんでした。日本ではビッグマックセットというのが商品名です。時々、思い切り食べたくなることがあるのがビッグマックの不思議です。

ビッグマックの値段は、世界物価比較にも使われます。ニューヨークも地区によって、値段が違っていました。高かったのはマンハッタンの5番街近辺で、他のエリアでは少し値ごろになっていました。

#マクドナルド #24時間営業 #たまり場

自分(の仕事)史 2021年7月5日(月)

ニューヨークへ

(写真は、現在、JAL便が到着しているJFKターミナル1。1996年の時は別のターミナルでした)

辞令が出るまでには、少し時間がかかりました。前任者の異動先との関係もあり、NTTアメリカの副社長としてニューヨークに行くことになりました。主な仕事はリエゾン業務と調査業務でした。

ニューヨーク勤務が決まってから、ベルリッツの個人教授に通いました。大して英語が出来もしないのに、これで役に立つのかなというカリキュラムと思い、あまり真剣に学習しませんでした。

ニューヨークで実際に使われている英語に接した時、実感することは出来ましたが、英語で十分コミュニケーションが出来るわけではありません。笑い話のような失敗談が山ほどあり、自信喪失しました。

赴任する前、すでにNTTアメリカで数年間勤務している後輩から、マンハッタンの対岸にあるニュージャージーのヤオハンのチラシをもらったり、ニューヨーク便利帳を教えてもらったりしました。

おしゃべりは英語が上達する必要条件だとか、行くことでブラックボックスがなくなるなどと先輩や友人から言われ、背中を押してもらいました。その通りだったと思っています。今でも感謝しています。

入社して20年、管理職としての仕事も経験し、自信を持って仕事をしていたつもりでしたが、ニューヨークではほとんどすべての経験がリセットです。海外生活ができるかどうか、不安でたまりませんでした。

ニューヨークは今まで4回行ったことがありました。笑顔で挨拶をしてくれた、入国手続きや税関検査などの担当官が一層大きく、威圧的に見えました。予約したホテルまでたどり着くまで不安なままでした。

#ニューヨーク #英語学習 #赴任準備