(1982年、38年前を振り返る)
アメリカのAT&Tは、長距離国際通信を行うAT&TとAT&Tの子会社になっているベビーベルと言われる地域通信会社とで構成されていた、事実上の独占企業でした。
その後、ベビーベルがAT&Tから独立し、AT&Tの競争会社が参入するなど、いろいろなことが繰り返され、ベライゾンや新AT&Tが中心となる市場になっています。
新AT&Tは、ベビーベルのひとつだったサウスウエスタンベル(のちのSBCコミュニケーションズ)が旧AT&T(長距離通信会社)を買収してできた会社です。
1980年代から始まった、公共企業民営化、競争導入は、携帯電話やコンピューター社会への進化とあわせ、新規上場や、市場活性化など、大きな波になりました。
地味な存在だった通信業界は、このような動きの中、経済活動の真ん中の存在となり、バブル経済の一因になりました。まさか、こんなことになるとは思えませんでした。
エキナカや、広大な敷地を活用した開発など、JRを見てみると、規制下にあった企業の底力を感じます。いろいろな評価もあるとは思いますが、民営化は成功しました。
高度成長が続き、少子高齢化が顕在化する前、団塊の世代が働き盛りの時代だったというタイミングの良さも追い風になったと思います。そんな中での係長着任でした。