自分(の仕事)史 2021年5月31日(月)

阪神大震災

(写真は、阪神大震災からだいぶ経った神戸のポートタワーです)

1993年1月17日火曜日5時46分、横浜の自宅で地震を感じました。テレビをつけても最初は何もわかりません。そのうち、神戸で大きな地震があったとわかりました。

ニューヨークの9.11は2001年9月11日8時46分、東日本大震災は2011年3月11日14時46分。時期、曜日、場所も違いますが、いずれも46分だけは同じでした。

あわてて、電車に乗り、日比谷ビルに向かいました。着いたころには神戸での大地震被害の様子が次々と明らかになり、大変なことが起こったということを実感しました。

関東大震災や富士山噴火のある東京と違って、大阪や神戸には地震が少ないと信じていたので、余計に驚きました。あとになって、昔の大地震の記録が報道されました。

会社として出来ることは何かと思い、関西支社に連絡を取っても、最初は何もできませんでした。まずは、翌日おにぎりを5000個、ヘリコプターで運ぶことにしました。

ヘリコプターは東京から神戸ポートアイランドまで直行し、要望のあったコンロなどを積んで向かいました。同乗者の中には、高所恐怖症もいて、真っ青だったそうです。

何かが起こった当座は、頭の中が真っ白になるということを体感しました。あらためて、防災訓練や手順などを決めておくことが大事だと理解することになりました。

自分(の仕事)史 2021年5月24日(月)

(防災訓練)⇒消防署

オフィス担当としての総務部の仕事のひとつが防災訓練。毎年一回、管轄の丸の内消防署の担当者に来てもらい、全館参加での防災訓練を大々的に行っていました。

NTT本社が入居していた日比谷ビルの所有者は公共建物という会社で、9階建ての7階以上と地下2階には、浜松町にビルが建つまで、東芝本社が入居していました。

防災訓練は、NTTと東芝との共催で行われ、非常ベルを鳴らし、全館避難訓練を行ったあとに、消防署から講評をもらいます。毎年のことなので、問題なく終了します。

あまりにも整然と行われるので、訓練は大成功でも、本番は大丈夫かなと不安になりました。それでも、避難にかかる時間、階段での混雑具合など、やる価値ありでした。

気になったのが役員フロア。秘書室は除外していました。訓練では仕方ないことだと思いますが、いざ本番になった時どうするか、何もしないというわけにはいきません。

秘書室とも相談をし、避難は机上シミュレーションで行うということにし、どうやって連絡するかなどを想定することにしましたが、非常ベルだけは鳴らすようにはしました。

在職中、1993年に阪神大震災が発生しましたが、幸い、日比谷ビルは6年間訓練しただけでした。いざという時、あわてないよう、練習することの重要性を痛感しました。

自分(の仕事)史 2021年5月17日(月)

(オフィス)

NTT新本社ビルが完成した1995年には、インテリジェントビルが流行りでした。大型ディスプレイを使った会議室や、テレビ電話など、いろいろな仕掛けが登場しました。

あわせて、パソコンを使った仕事にしようというという話になりましたが、ディスプレイやパソコンが出来たので使ってみようという話が先行していた状況だったと思います。

ゴルフ道具を入手したので、やってみるというレベルの話だったと思いますが、すでにアメリカでは遠隔地をどう克服してビジネスをするかが大きな課題だったと思います。

20世紀でも、電話会議やメールなどを使い、遠隔地にいるスタッフが会議をすることが普通のことになっていました。部長だけが離れたところにあるケースもありでした。

何回か、テレビ会議などの流行もありましたが、本格的に普及したのは、コロナ禍以降のことです。日本の家屋事情や文化などの課題も表面化することになりました。

満員電車に押し込まれ、都心のオフィスに出勤しなくても、リモートワークで十分という話を聞くようになりました。やってみればどうにかなるということだったと思います。

NTTグループで通勤定期を廃止した主要会社もあるようです。さらに、オフィススペース削減で、劇的なコストダウンになるようです。オフィスの行方も不透明みたいです。

自分(の仕事)史 2021年5月10日(月)

(禁煙)⇒虎ノ門の通りにある喫煙コーナー

昔の映画やテレビドラマを見ていて、気づくのは喫煙シーンの多いことです。男性だけに限ると、タバコを吸わない人は皆無ではないかと思えるくらい愛煙家ばかりです。

昭和が終わる頃、東海道新幹線1号車が禁煙車でしたが、NTT新本社ビルが完成した1995年にはだいぶ増え、今はタバコを吸える場所を探すのは大変なことです。

新本社ビルは、当時の社長が自分のヘビースモーカーを棚に上げ、時代を先取りし、全面禁煙にしようと提案しました。想定していなかったので、紆余曲折がありました。

吸える場所を用意しないといけないということで、各階に設置したリフレッシュルームに空気清浄機を置き、分煙にしましたが、クリーンな空気とまではなりませんでした。

東海道新幹線N700A系の喫煙コーナーのように、廊下ではタバコの匂いを感じられないような設備が出来る20年前、それでもビルのイメージにあった取組みでした。

デスクで吸ったり、リフレッシュルームに入りびたりの中堅幹部もいましたが、世の中も変化し、当時の社長の全面禁煙指示は時宜にあったと思えるようになりました。

オフィスビルで行列が出来ているのは喫煙スペースですが、虎ノ門の通りで見つけた屋外喫煙スペースは気持ち良さそうでした。タバコを吸わなくなって40年になります。

自分(の仕事)史 2021年5月3日(月)

(インテリジェントビル)⇒新宿ビル

インテリジェントビルという言葉も、いつの間にか使われなくなりました。大きな画面を設置してテレビ会議を併用し、資料を共有できるようにした会議室が象徴的でした。

ビル内で使われる社内OAシステムや、急に雨が降って来たなどのニュースを表示できる、新幹線車内のようなディスプレイなど、らしいものの導入に力を入れました。

実質的なものとして、照明や空調のエリアなどを調節できるようにしたり、社内OAシステムで、入居しているみなさんのアドレスや電話番号を調べられるようにしました。

今だったら、個人情報になり、ハラスメントの原因にもなるので、個人を特定できるような情報を公開することはないと思います。こんなところでも時代の変化を感じます。

NTTのインテリジェントビルということで、話題にはなり、マスコミや法人営業のお客さまの見学ツアーを出来るよう、専用のスタッフを配置し、案内ビデオも作成しました。

しばらくは、見学客も多く、担当のみなさんは大忙しでした。今では、当たり前の設備になっていることが物珍しかった時代です。実質はともかく、刺激効果はありました。

残念だったのは待たずに乗れるエレベーター。各方面に相談し、センサーの利用や、コンピューターによる予測なども考えましたが、朝夕の行列はなくなりませんでした。