ほぼひとりごと 2021年9月10日(金)

千駄ヶ谷駐車場

(写真は、首都高4号線の下にある千駄ヶ谷駐車場。商売熱心です)

以前は都内で月極駐車場を探すのが大変でした。雨の当たらない首都高下も満車でキャンセル待ち状態でした。35戸に24台分あったアパートの駐車場も満杯で、2台目は外で探すしかありませんでした。

最近は、交番の前の昨日の交通事故掲示板の数字も減り、死亡事故はほとんどなく、渋滞も減って、停留所でバスが時間調整をすることも多くなりました。カーシェアが増えて、駐車場の空も目立ちます。

それでも、駐車場だった土地にマンションやビルが建つと、局地的には駐車場が不足することになります。月極でも、時間制でも、駐車場マッチング会社の仕事する余地が確実に増えているようです。

首都高4号線下の千駄ヶ谷駐車場は、強気というほどではありませんが、近所のジャガー・ランドローバーのディーラーが月極で借りていることもあり、空スペースが目立つということはありませんでした。

鳩森神社横の、注目されている将棋会館が移転してくるという計画のある、すぐそばのビル建設用地がしばらくの間、駐車場として使われるようになったので、にわかに競争市場が発生したのかも知れません。

それにしても、観光地の土産物屋さんのようなのぼりを立てて、集客し始めたのは意外でした。一日2500円はこの場所ではまあまあかなと思いますが、30分250円は2時間1000円、割引なしです。

無観客で開催したオリンピック・パラリンピックが終わったあとは、イベントがない限り、このあたりは静かな外苑の通りに戻ることになります。駐車場ビジネスも安泰ではなくなっているように思いました。

#駐車場 #千駄ヶ谷 #商売熱心

ほぼひとりごと 2021年9月9日(木)

四ツ谷大木戸

(写真は、四ツ谷大木戸(四ツ谷4丁目)交差点にある江戸時代の道標。散漫なレイアウトが良い感じです)

四ツ谷大木戸の先は内藤新宿。道標に記されている下諏訪までの道のりは山を越え、大変だったと思います。今、甲州街道は、ここで新宿御苑の下を通る立体交差のトンネルと新宿通りに分岐します。

甲州街道と交差する外苑西通りは、この先、靖国通りを越えたところまでが整備されています。いずれは先まで伸びるのでしょうが、今は富久町に出来た異様な高層マンションあたりまで通れます。

このマンション、このあたりでは突出した高さなのと、最上階あたりのデザインのせいで、遠くから目立っています。新宿区にはいくつか残っている情緒を感じさせる旧町名のイメージとは合っていません。

四ツ谷大木戸から、四ツ谷三丁目に向かう甲州街道は、四ツ谷を越え、半蔵門から皇居のお堀沿いに日比谷交差点まで、広い道が続いています。四ツ谷駅までの地下は東京丸ノ内線が走ります。

通行量の多い幹線道路ですが、路線バスも少なく、比較的静かなイメージの道路で、歩道も広く、歩きやすくなっています。これで、もう少し街路樹が豊かだったら、もっと歩きやすかったのにと思います。

甲州街道から曲がって入るいくつかの細い道には、比較的昔が残ります。靖国通りに向かって坂道を下がると、昔からの道のところどころに、新宿区が整備した史跡や坂道の説明があって楽しめます。

散漫なレイアウトで並べられている江戸時代の道標は、伊勢丹のある新宿追分交差点から、四ツ谷方面に向かって甲州街道の左側の舗道を歩いて、四ツ谷大木戸交差点に立つと、目の前に見えます。

#四ツ谷大木戸 #新宿御苑 #外苑西通り

ほぼひとりごと 2021年9月8日(水)

皀角(さいかち)坂

(写真は、中央線沿いに水道橋駅方面に下がっている皀角(さいかち)坂。お茶の水に向かっての上りは結構急な坂です)

人の少ない時間と場所を選んで、毎日散歩を始めて1年半。痛風と歩き過ぎでお休みもしましたが、おかげ様で、坂道や駅の階段で息切れをすることが少なくなりました。この調子を維持したいものです。

水道橋の駅で降りて、見通しの良い坂道をお茶の水方向に歩きました。頂上近くにあった説明板に書いてあった名前は皀角(さいかち)坂という、こんな漢字があることはまったく知りませんでした。

野山にはえる落葉高木の皀角(さいかち)という木が、このあたりにたくさんあったのが坂の名前の由来だとありました。枝にとげが多く、羽状の葉と豆のような花が咲く木が群生していたようです。

東京はあちこちに坂があります。お茶の水駅あたりを頂上に、このあたりは坂が多く、上り下りをしなければならないルートばかりです。皀角(さいかち)坂は見通しの良い直線で歩きやすい坂です。

登ったところで、振り返ると、中央線のオレンジの電車(快速)と黄色の電車(各駅停車)が走る線路が方向別のお茶の水駅から入れ替わる場所と東京ドームホテル。その先に遊園地があります。

水道橋駅は、東京ドームで巨人戦があると満杯になり、試合終了時など、お茶の水からガラガラで来た中央線各駅停車の電車が、試合の興奮と熱気をまとって乗って来る人たちで満員電車となります。

皀角(さいかち)坂は何回も通ったことがありましたが、名前は知りませんでした。皀角(さいかち)坂の正面、中央線の線路と外堀の向こうはお茶の水坂には、昔、鉄道模型社という模型屋さんがありました。

#皀角(さいかち)坂 #水道橋駅 #お茶の水坂

ほぼひとりごと 2021年9月7日(火)

表参道のLindt

表参道が青山通りとの交差点に近いあたり、新潟のアンテナショップ「ネスパス」の隣に、スイスチョコレートLindt(リンツ)のショップが開店し、その隣のビル2階にあったモスバーガーは閉店していました。

チョコレートは明治、森永、ロッテや、メリーなど国産が中心だったころ、海外旅行のお土産でスイス(リンツやネッスル)やイギリス(キャドバリー)、アメリカ(ハーシー)のチョコレートをもらって感激しました。

輸入された舶来品だということで、ありがたがっていたころでしたが、輸入品というだけでなく、これらのチョコレートはカカオやミルクの含有量も多く、日本ブランドのチョコレートより、リッチな味でした。

ニューヨークで、チョコレートだけではなく、ありがたがっていた海外ブランドが、現地では普通のブランドだと気づくことが結構ありました。ペンギンマークのマンシングウエアも普通の衣料品でした。

スイスチョコレートのLindtも高級というイメージはありませんでしたが、お土産などの需要を狙って、マンハッタンの目抜き通りに店を開き、きれいなパッケージにして、イメージチェンジしていました。

だいぶ前から青山通りにあったお店を閉めた代わりに開店したLindtの表参道店は、既存のお店より、ゴージャスな感じの店をめざし、高級なチョコレートとしてのイメージアップをめざしているようです。

一旦、価格競争に巻き込まれ、特売商品にしてしまうと、そこからの脱出は困難なことになります。Lindtチョコレートのチャレンジは、今のところ成功しているみたいです。ブランド戦略、面白そうです。

#ブランド戦略 #Lindt(リンツ) #スイスチョコレート

自分(の仕事)史 2021年9月6日(月)

アメリカ国内移動

(写真は、15年前、プライベートで行った時に撮ったサンフランシスコの写真。ついこの間のような気がします)

9.11の前、アメリカの空港では、知らない人の荷物を預かったか、自分で荷造りしたかと聞かれました。英語がわかっていないと思われると、カウンターの下から、アンチョコを出し、日本語を指さされます。

出張者と一緒だと恥ずかしいですが、聞き取れないので仕方ありません。その後、聞くことは毎回、同じなので、荷物は常に自分のコントロール下にあるという言えば大丈夫だと答えれば良いと気がつきました。

広いアメリカの移動は基本飛行機です。ワシントンだけは3時間前後なので、アムトラックのメトロライナーかアセラエクスプレスで行くこともありましたが、シャトル便の飛行機も結構使いました。

西海岸事務所の最寄りサンフランシスコ空港へは飛行機で5時間です。時差も3時間あり、朝7時の便は朝9時に、逆方向の便の到着は15時になります。気流の関係でも所要時間も違いました。

9.11のあとは、それまでのチェックがより厳格になったことに加え、荷物を検査されることが増えました。そのうち、チケットに$$$$…と印字されていると検査対象のコードだと気づくようになりした。

すべてがランダムに当たるように思っていましたが、アメリカ人以外の名前は全数検査しているのではという感じでした。係員からは陽気にYou are luckyと言われますが、大当たりは荷物検査です。

西海岸を始め、ほとんどのアメリカ国内移動は飛行機でした。日本だとアジアに行く国際線のような感じでした。アメリカ大陸の上を飛ぶので、窓からアメリカの広さと大きさを実感することになりました。

#空港 #時差 #サンフランシスコ

一週間(8月29日(日)~9月4日(土))

週刊日記

(写真は、昨日の朝に撮った9月4日土曜日の温度・湿度計。雨が降りそうな空でした)

8月30日月曜日までは猛暑日なみの暑さでしたが、火曜日から少しずつ気温が下がり、水曜日には半袖だと肌寒く、週末には低温注意報が出ています。勝手ですが、猛暑日の陽射しを懐かしく感じます。

痛風と歩き過ぎで何回か足指が痛くなり、散歩を控えていましたが、今週からそろりそろりと復活をしました。て猛暑日寸前だった月曜日には、朝ではなく、昼に出て、人混みを避けたコースを歩きました。

現役時代は、猛暑日でも、スーツにネクタイで出かけることも多く、クールビズとの兼ね合いで、しょっちゅうネクタイを締めたり外したりしました。今は基本ポロシャツか半袖シャツのジャケットなしでラクです。

近所に出かけたり、朝散歩の時はTシャツに短パン。電車に乗る時や、少し気取った店に入る時には、襟のあるシャツと長いパンツにしますが、足元はスニーカー。足指のためにもストレスにも良さそうです。

ワクチン接種率が上がっても、感染者数が徐々に減少しても、このままの状況で、EXITプランが不明確なまま、政局、コロナ禍ともども、楽観、悲観両極端の集団ヒステリー状態が続くのかなと思っていました。

この先、どうなるのかなと興味を持って眺めていたら、9月3日金曜日に、就任して1年の現職首相が前日までと180度違った決断をして、総裁選に出ないと報道されました。来週以降の動きに興味津々です。

#週刊日記 #Tシャツと短パン #首相退陣

ほぼひとりごと 2021年9月5日(日)

千駄ヶ谷駅前から

(写真は、千駄ヶ谷駅前から撮った東京体育館。国立競技場方面には通行規制で近づけません)

7月になってから始まった都内の通行規制も、今日でパラリンピックが終わるので、そろそろかなと思ったのですが、片付けもあるのか、お台場あたりは11月、外苑も9月中は通行規制があるようです。

首都高の1000円上乗せもふくめ、渋滞が起こっても、関係者だけが通れ、一般車が入ると検挙される車線をあちこちに設定され、空気を運んでいるガラガラの連絡専用バスが西参道を走っています。

一度、自衛隊の人員輸送用トラックが、路線バスのミラーにぶつかり、次のバスに乗り換える場に居合わせたことがあります。自衛隊員から、乗り換えるバス乗客に対するおわびはありませんでした。

ロックダウンをすべきという声があります。千駄ヶ谷駅前は平穏に見えますが、通行規制がされ、厳重な警備がされています。日常生活は二の次ということが現実になっているということを肌で感じました。

イベント実施のための通行規制は、大みそかのカウントダウンやハロウィーン、花火大会などの時で経験してはいますが、これだけ大掛かりに社会活動を制限するということではありませんでした。

テロ防止のためとか、理由がいくらでもありますが、今回のことで、日常生活を制限する実践ノウハウを積むことが出来たと思います。自衛隊の軍用車が当たり前のように走っている日もありました。

歴史に関する本を読むと、平穏に見える何気ない時間が続くということは大変なことなのだと感じます。今回の通行規制のようなことが日常化し、これまでの日常が夢になってしまわないよう、願っています。

#東京体育館 #通行規制 #千駄ヶ谷駅

ほぼひとりごと 2021年9月4日(土)

アテネフランセ

(写真は、ピンクの壁が目立つお茶の水のアテネフランセ。あこがれのパリへの玄関でした)

社会人になって3年目、語学研修に参加する機会をもらいました。英語が中心でしたが、フランス語の研修に通うことになり、終業後、お茶の水にあるピンクの校舎、アテネフランセに通学しました。

大学での第二外国語がフランス語だったので、文法など多少の知識はありましたが、オーディオビジュアル型で会話を中心にしたコース、確かクレディフという名前でしたが、ついていくのは大変でした。

会社から派遣されているというより、美術や音楽、料理などを学ぶために、フランスに行くという人が主流でした。全員からではありませんが、あこがれのパリへの道を習得するという熱気を感じました。

都合、2年近く通い、ほとんどが同じメンバーだったので、一緒に食事したり、当時流行っていたディスコに行ったりしました。少し毛色の違ったみなさんとの交流を十分に楽しむことが出来たと思います。

フランス語の方は、熱気が足りなかったのか、そんなに上達するということはありませんでしたが、フランス政府給費留学生の一次試験は思いがけず、合格をしました。たぶん、やさしかったのだと思います。

二次の面接は、日本語でも難しいような経済問題をフランス語で説明し、面接員と議論するという内容で、思った以上に難関でした。必死になって話をしたつもりでしたが、当然のことながら不合格でした。

その後、通産省に出向したので、アテネフランセとの縁は切れましたが、英語で話す時にも、アテネフランセでの経験が生きました。厳しい中にも、楽しく、甘酸っぱい経験のあるアテネフランセでした。

#アテネフランセ #フランス語 #語学研修

ほぼひとりごと 2021年9月3日(金)

角筈ガード

(写真は、新宿駅西口方面に抜ける歩行者専用道、角筈ガードの入り口。抜けると思い出横丁です)

新宿駅東口、スタジオアルタ前から大ガードに向かって歩くと線路沿いに新宿駅西口に抜ける歩行者専用地下道、角筈ガードの入り口があります。Wikipediaによると、100年近く前からあるようです。

新宿駅の東西をつなぐ由緒ある抜け道、角筈ガードの壁には宿場をテーマにした壁画が描かれ、明るくする努力がされていますが、天井は低く、人が少ない時間帯には、大丈夫かなという雰囲気です。

ガードを抜け、数歩歩くと思い出横丁。すでになくなっているかも知れませんが、手前にペットショップがあり、ケージの中にいる売り物の愛らくも寂しげな犬や猫を見るため、立ち止まる人がたくさんいました。

角筈ガードの上には、山手線、中央線(各駅停車、快速)、成田エクスプレス、湘南新宿ライン、埼京線が走ります。新宿駅構内なので、10本以上の線路が敷かれ、朝から晩まで電車が行き来しています。

角筈ガード入り口の雑草が歴史を感じさせます。知っていれば西口に抜けられる便利な抜け道ですが、初めて通るには勇気がいるような感じです。これまでに通った人の数を想像してしまいました。

60年近く前、西武新宿線が乗り入れる予定もあった新宿ステーションビルが出来、西口より先に整備された新宿駅東口。乗り入れ計画はなくなり、新宿ステーションビルもルミネエストに名前が変わりました。

新宿駅大ガードから思い出横丁を通り、角筈ガードを使って東口に戻ったあと、ルミネエストから、南口、バスタ新宿、サザンテラスを回っての新宿駅一周。歩いて見るだけで十分楽しいコースになります。

#角筈ガード #ペットショップ #新宿駅一周

ほぼひとりごと 2021年9月2日(木)

宮益坂交差点

(写真は、宮益坂下交差点から取り壊されて東横店東館のあった方向を撮ったものです)

東急百貨店本店がオープンした時、戦争前から続いていた東横百貨店が名称を変え、東急百貨店東横店になり、東急バスの行き先も、東横百貨店行ではなく、今は普通に渋谷駅行の表示になっています。

東横線も、副都心線と相互乗り入れで地下の深いところに駅が引っ越し、車体の一部が案内所として使われていた、歴史的鉄道遺産の東横線5000型車両もハチ公のふるさと、秋田県大館に引っ越しました。

東急百貨店東横店も、東館、南館、西館の順に営業が休止され取り壊しが始まりました。あとには、スクランブルスクエアがさらに2棟建設されるようですが、たぶん、百貨店業態は復活しない気がします。

明治通りと交差する宮益坂下交差点に立つと、明治通り上にある東京メトロ銀座線の渋谷駅と、すでに東横線旧渋谷駅あとに建ったスクランブルスクエア東棟が目立ち、東横店南館の解体が進んでいます。

東横店南館の向こうに見えるのは、だいぶ前からあるマークシティとセルリアン、その間にあるのは建て替えられた渋谷東急プラザです。渋谷が東急グループの街だということが実感できます。

20世紀中盤、東急とはライバル関係だった西武百貨店が池袋拠点から渋谷に進出し、同じく西武系のパルコが開店しましたが、ずいぶん経った今も、渋谷は東急グループの存在感が圧倒的です。

宮益坂交差点に立って、360度首を回してそれぞれの方向での変化を確かめたあと、右に銀座線の駅を見てから、地下を走る東京メトロ半蔵門線のルートの上の宮益坂を青山方面に向かいました。

#渋谷東横百貨店 #東急グループ #スクランブルスクエア