自分(の仕事)史 2020年7月20日(月)

(名古屋へ転勤)

1985年4月に決まった民営化の半年前、名古屋にある東海電気通信局の営業担当課長、当時の電報電話課長として転勤しました。正真正銘の管理職になりました。

東京出身なので、転勤するなら、東京にある、東京電気通信局か関東電気通信局が希望でしたが、東海道新幹線ひかりで2時間の名古屋へ勤務ということになりました。

入社直後の現場見習いで、東海電気通信局管内の津電報電話局で1年余過ごした縁があったのかも知れません。そのころの知り合いの人たちとも再会しました。

電電公社の組織は、本社の下に、東海などのエリアを担当する電気通信局、県単位にある電気通信部など、さらに現場の電報電話局などがあるという構成でした。

31才でしたが、電気通信局の営業担当課長は、実質的な電電公社のエリア営業の責任者でした。民営化を前にして、いろいろな作業も多く、忙しいポジションでした。

国鉄は大きな鉄道管理局の課長を30代になる前に経験したり、役所は20代で、警察署長、郵便局長、税務署長に就任していました。似たようなものだったと思います。

エリアでの民営化作業や、現場のみなさんへの説明、お客様対応に加え、マスコミと対応することなどもあり、何でも屋みたいな仕事でしたが、やりがいはありました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です