ほぼひとりごと 2021年8月26日(木)

ヒカリエデッキ

(写真は、ヒカリエデッキの宮益坂側にあるエスカレーター。ボードにあるように7時半から21時までオープンしています)

宮益坂の頂上に近いところから、東急文化会館あとに出来た渋谷ヒカリエに沿って、東京メトロ銀座線渋谷駅のドームの手前までのヒカリエデッキがオープンしました。7時半から21時半まで通れます。

ヒカリエデッキは、将来的に、JRの外側、渋谷マークシティビルまで延長される計画になっているということだそうです。京王井の頭線渋谷駅へのアプローチも今よりずっとラクになるのではと期待されます。

JRの渋谷駅は、大きな谷底の底にあります。さらに地下深いところに東横線と副都心線の渋谷駅があり、高低差が大きいのが特徴の渋谷駅ですが、これで、少しわかりやすくなるのではと期待しています。

せっかくなので、高架鉄道のあとを公園化したニューヨークのハイラインのように、歩きたくなるような遊歩道になれば良いなと思います。それにしても、今のところはオープン時間もふくめ、中途半端です。

ヒカリエデッキは、宮益坂の頂上から、少し下がったところからスタートしていますが、ヒカリエから見ると4階になり、地上3階の高さにある銀座線渋谷駅ホームの上、ドーム屋根と同じ高さになります。

東横線ホームが副都心線乗り入れと同時に地下に引っ越したあと、迷路化が進んだ渋谷駅。工事が続いている間は、自分がどこにいて、どこに向かっているのか、迷子になりそうな状態が続きます。

渋谷駅大改造というタイトルの、未完成交響曲の演奏は終わりそうにありません。次は何が起こるのか楽しみだとも言えますが、工事中は上下の階段移動も多く、足腰を鍛えておかないと痛切に感じています。

#渋谷大改造 #ヒカリエデッキ #足腰を鍛える

ほぼひとりごと 2021年8月25日(水)

コインロッカー

(写真は、しばらく前の午前中、東京駅地下で撮ったコインロッカー。使用中はありませんでした)

ずいぶん前になりますが、手荷物一時預かり所の代わりにコインロッカーが登場したころ、コインロッカーベイビーという言葉が流行ったこともあり、コインロッカーのイメージはあまり良くありませんでした。

コインロッカーを使った犯罪など、推理小説やミステリードラマの定番でした。今でも、前に使った人は何を入れたのかななどと思うこともあったりします。それでも、便利なので、どんどん増えて行きました。

東京駅や京都駅などでは、旅行客の多いシーズンや時間帯によって、満杯のことも多く、おまけに、ゴロゴロ(キャリーバッグ)用の大きさのコインロッカーを見つけるのは至難の業。困ったことがあります。

コインがない時の両替も大変でした。両替機があれば良いのですが、キオスクで100円玉がたくさんおつりで来るよう、1000円札を出して、ガムやキャンディーなど100円の商品を買ったことがあります。

最近は、ニーズにあわせ、Suicaで使えるキャッシュレスコインロッカーや、ゴロゴロ(キャリーバッグ)用の大きさのサイズも増えています。多くの旅行客が集まる東京駅構内にもずいぶんと数が増えました。

インバウンドの増加にあわせ、旅行しやすい環境を整備するため、順調に増え、機能も充実し、より便利に使えるようになったコインロッカーですが、昨年の春から冬の時代が続いたままになっています。

プレミアムサービスとして、昔の手荷物預かり所のように、人手でのコーナーも復活するほどでしたが、この日はガランとしていました。夏休みの旅行シーズンの午前中、使用中のコインロッカーはありません。

#東京駅 #コインロッカー #手荷物一時預かり

ほぼひとりごと 2021年8月24日(火)

風の通り道

(写真は、日比谷公園から、日比谷・内幸町再開発が行われるエリアを撮ったもの。ここに高層ビルの壁ができるみたいです)

汐留貨物駅の再開発で建った高層ビル群で、東京湾からの風が止められ、銀座や日比谷地区が暑くなるという話題が数年前にありましたが、その後のフォローはなく、高層ビルが順調に増えています。

日比谷公園に面した、日比谷・内幸町地区も再開発計画が進んでいます。旧三井銀行本店などがあったエリアは東京ミッドタウン日比谷として開業しました。この動きが広がっていくことになります。

帝国ホテルなどを全面的に建て替える計画のイメージを見ると、日比谷公園に面して、高層ビルが壁のように建てられるみたいです。今は存在する建物の間の風の通り道が残らないように見えます。

周辺に緑が多く、風の通り道があると、都市部でも空気の流れが確保され、日陰では涼しさを感じるほどになります。東京は意外に緑も多く、高層ビルから街を見下ろすと、緑が目立っているように見えます。

日比谷・内幸町地区も、日比谷公園だけでなく、皇居や浜離宮などにある緑が目立っています。隣接する銀座には、風も抜けることができる細い路地が、あみだくじのように存在していることに気づきます。

高層ビルばかりのマンハッタンも、アベニューとストリートが碁盤のように配置されているので、風の通り道があり、暑い日でも、風さえあれば、過ごしやすくなります。もっとも、冬の風は厳しいですが。

100年以上前に基本が出来上がった丸ノ内仲通りのように、碁盤の目のように通りが交差していると風が通り抜け、心地よくなります。日比谷・内幸町地区も気持ち良く過ごせる街になってほしいと願っています。

#汐留再開発 #日比谷・内幸町再開発 #風の通り道

自分(の仕事)史 2021年8月23日(月)

両替屋さん(Check Cash’d)

(写真は、15年ほど前のマンハッタンセカンドアベニューの街並み。ここにはありませんが、両替屋さん(Check Cashed)もこんな感じで並んでいました)

マンハッタンくらしが始まって数日後、国際電話が使えなくなってしまいました。日本同様、街中に電話局窓口がないので、おそるおそる電話会社に電話をかけ、慣れない貧しい英語力を総動員して説明をしました。

行きつ戻りつしながら粘った上、わかったのは、新規に設置した場合、国際電話や市外通話の限度額は200ドルということと、すでに限度額をオーバーしたということでした。事前に説明を受けた覚えはありません。

どうしたら良いのかと聞いたら、街の両替屋さん(Check Cash’d)に行って、使った料金を払った上、電話をしてくれたら、入金を確認の上、そのあとは、限度なしにかけられるようにするということでした。

両替屋さん(Check Cash’d)がどこにあるかわかりませんでしたが、近所で探したら、見つけることができました。しばらく行列に並び、自分の番を待ち、電話番号を言って、請求額を現金で支払いました。

あとでわかったのですが、行列は小切手で支払われた給料を現金化するためでした。銀行口座を持てない人は、月に数回ある給与支払い日に、もらった小切手を両替屋さん(Check Cash’d)で換金します。

行列の中で、スーツを着ているのは私だけでした。銀行口座のあるホワイトカラーには、両替屋さん(Check Cash’d)は関係ない存在だったようです。この経験は駐在員の間の話題としては結構受けました。

英語で電話をして問合せたり、交渉するなど、とても出来るとは思っていませんでしたが、やってみて、なんとかなりました。小さなトラブルをひとつづつ乗り越えて、マンハッタンでの生活になじみ始めました。

#両替屋さん(Check Cash‘d) #小切手 #国際電話

ほぼひとりごと 2021年8月22日(日)

駿河台下

(写真は、駿河台下交差点近くのお店。場所柄、カレー屋さんやボリュームがありそうな洋食屋さんなどが並んでいます)

お茶ノ水駅から、明治大学の横を通って、靖国通りと交差し、神保町のすずらん通りと合わせると五差路になる駿河台下交差点。靖国通りを左に曲がるとスポーツ用品店、右は古書店が並んでいます。

飲食店が並んでいるこの通り、お茶ノ水駅に近いところには楽器屋さんが並んでいます。駿河台下交差点を中心にして、並んでいるお店の業種が変化するこのあたり、散歩好適地として紹介されています。

時々、閉店してしまったり、新規に開店する店もありますが、大学生だった50年近く前と同じ店も残っています。熱い鉄板でやけどしそうになったことのあるキッチンカロリーなど、大昔から有名でした。

このあたりの洋食屋さんに共通しているのはボリュームがあること。ごはん少な目と注文するのが普通になった今では、入るのに勇気が必要になっています。若者には大盛が最大のごちそうでした。

濃い味付けの油っこい料理、いくらでもごはんを食べることができます。たまに、モードをチェンジし、食べ過ぎ覚悟で食べてしまいます。元気なうちに、もう一回行ってみたいと秘かに思っています。

カレー屋さんもたくさんあります。それぞれに特徴があり、人の好みも違っているとは思いますが、一回入った超有名店、美味しかったのは水とらっきょうだけ、同じような感想の口コミを見て同感しました。

周辺には、高層ビルが少しづつ増えて来ていますが、駿河台交差点周辺には小さな店もたくさんあります。カレー、洋食ばかりでなく、バラエティに富んだ飲食店、まだまだ、探検したいと思っています。

#駿河台下 #ボリューム #カレー屋さん

ほぼひとりごと 2021年8月21日(土)

空が見える

(写真は、甲州街道から撮った新宿ルミネ。来年から、このあたりの取り壊しも始まるようです)

2029年完成をめざし、小田急百貨店や東京メトロのビルが来年から取り壊しが始まるようです。続いて、並んでいる京王百貨店や新宿ルミネも取り壊される計画があり、写真の景色もあとわずかです。

当時の国鉄ホームと並んだ、地上の小田急線と京王線の新宿駅のあとに小田急百貨店や京王百貨店、地下には新宿西口地下広場が出来て、思い出横丁をのぞき、新宿駅西口の戦後が終わりました。

すでに、スバルビルや明治安田生命ビルは取り壊されました。ヨドバシカメラ本店のあるエリアも、遠くない将来に激変することになると思います。高度成長時代に建てられた中層ビルの減少が始まりました。

新宿西口交差点は、バスタ新宿に向かう道路や歩道が拡幅され、新宿駅周辺でのタクシーの乗り降りが出来なくなったので、路上駐停車も減り、渋滞も減って、甲州街道も歩きやすくなっています。

甲州街道の歩道から新宿西口交差点を見ると、新宿ルミネの他は、ファーストキッチン、大盛スパゲッティのパンチョ、以前は24時間営業だった磯丸水産やチケット屋さんなどのお店が軒を連ねています。

およそ60年前まで、京王線が路面電車のように地上を走り、戦前には、陸橋を越えて、当時終点だった新宿追分まで行っていたこのあたり、当時からのお店も少しは残っていそうな感じです。

今は見えている新宿ルミネの上の空ですが、計画されている新宿駅西口高層ビルが実現すると、この角度から空は見えなくなってしまいます。もうじき、貴重な存在になりそうな空の見えている新宿です。

#空が見える #新宿駅西口 #新宿ルミネ

ほぼひとりごと 2021年8月20日(金)

小さな扉

(写真は、秋葉原駅総武緩行線千葉方面ホームにある男性トイレで見つけた小さな扉。何に使うのでしょうか)

作家の赤瀬川源平(尾辻克彦)が、作った人の意図がわからず、何のためのものかわからない無用の長物を巨人で活躍できなかった元大リーガー、トマソン選手にちなんでトマソンと呼び始めました。

巨人のトマソン選手には気の毒な感じもしますが、こちらのトマソンは当時、結構な話題になり、名付けられてから50年近く経っている今も、ある年令層以上にはすぐに理解できる呼び名になっています。

秋葉原駅の総武緩行線ホームの千葉方面ホームには、改装されてきれいになった男女のトイレが並んでいます。そんなに広くはありませんが、突き当りを右に曲がるようになって、外からは見えません。

何回も何気なく使っていましたが、ある日突き当りにある小さな扉に気づきました。猫や小さな犬用だと言われるとなるほどと思うサイズです。当然のことですが、猫や犬が開けて使うわけではありません。

何かの穴をふさぐのだったら、改装の時に、壁と一体化してしまえば良いと思いますし、このサイズの扉が市販されているとは思えません。資材などを通すにしても、こん立派なドアではなく、蓋で十分です。

このホームには、このほかにも、牛乳スタンドやガシャポン自動販売機、ろうあ者が売っているケーキ屋さんなど、他の駅にはあまりないユニークなものを見ることができます。小さな扉も不思議です。

地下鉄日比谷線やつくばエクスプレス、東北・上越新幹線から、上野東北ラインまで重層化している秋葉原駅、いろいろな意味で、駅全体が産業遺産になるみたいで、まだまだ、発見がありそうです。

#小さな扉 #トマソン #楽しい駅

ほぼひとりごと 2021年8月19日(木)

新宿のIKEA

(写真は、新宿に出来たIKEAのお店。店内のデリで、スウェーデンの総菜も売っているそうです)

40年以上前に、当時、東急百貨店が輸入していたIKEAの家具を買いました。折りたたみ式テーブル、丸椅子、パイプと布で出来た座りやすい椅子と小さなテーブルは、今でも現役で使っています。

カラフルなニット衣料のベネトンと同じように、モダンな感じの家具でした。自分で組み立てて使うので、買いやすい値段だったと記憶しています。ソファーは粗大ゴミで出しましたが、あとはほぼ現役です。

イタリア製のカッシーナのような、とても買えなかった高価な家具ではありませんでしたが、日本製の家具にはない、北欧らしいシンプルモダンなデザインを気に入って買い、気に入って使いました。

バブル前の当時、流行っていたトヨタマークⅡグランデの、赤いモケットのような豪華さはなかったこともあり、10年と少しで、提携を解消し、IKEAは撤退することになり、一旦は姿を消しました。

アメリカではIKEAは元気でした。家具付アパートだったので、IKEAの家具を買いませんでしたが、自分で組み立てるおしゃれで割安な家具を売る店として、IKEAは郊外で大々的に展開していました。

IKEAが日本に戻ってきたのは15年後、21世紀になってからでした。Wikipediaに寄れば、最初の店は船橋だったそうですが、再進出から20年経ち、最近は新宿や渋谷など、都市部に進出しています。

H&M、ZARAや、日本初のUNIQLOなどとファストファッションや、ニトリなどと同様、気軽に買えるおしゃれなスウェーデン発のインテリアグッズの店として、今度の進出は当たっているようです。

#IKEA #組み立て家具 #スウェーデン

ほぼひとりごと 2021年8月18日(水)

線路が続かない

(写真は、新幹線が停まるまでは磐城西郷駅だった新白河駅の在来線ホーム。線路がつながっていません)

しばらく前、仙台から在来線だけで東京に帰りました。郡山から乗った電車は新白河駅止まり。以前は交流と直流の分岐点、黒磯駅まで行ったのですが、最近はほとんどが新白河駅乗り換えになっています。

新幹線が増え、線路がぶつ切りになった在来線があちこちで発生しています。相互乗り入れし、運賃が高くなっただけの地域もありますが、新白河駅の乗り継ぎホームは物理的に線路が分断されました。

こどものころ、「線路は続くよどこまでも」という曲が好きでした。新幹線を引くためには、地元は在来線が不便になっても仕方ないを受け入れることになり、これからも線路が続かない地域が増えそうです。

仙台から東京へは白石、福島、郡山、新白河、黒磯、宇都宮での乗り換えが必要な場合がほとんどです。通しで乗る人が多いとは思いませんが、同じホームではなく、階段の上り下りが必要な駅もあります。

湘南新宿ライン、上野東京ライン、横須賀線・総武快速線や私鉄の相互乗り入れなど、乗り換えなしにすることで、遅れなどトラブルが広範囲化するという問題もありますが、乗り換えなしは便利です。

車両や乗務員の問題など、簡単なことではないと思いますが、ぶつ切りダイヤは乗客ファーストという感じではありません。黒磯駅で、大きな荷物を持ったお年寄りが階段を渡って、乗り換えしていました。

同じJRなのにぶつ切りになっている新白河駅を見て、全国つながっていた在来線のネットワークを、第三セクターや私鉄もふくめ、シームレス化への努力をし、社会インフラを活用してほしいと痛感しました。

#線路が続かない #新白河 #白河ラーメン

ほぼひとりごと 2021年8月17日(火)

ピーセン

(写真は、久しぶりに発見したピーナッツおかき、ピーセンのパッケージです)

本来なら、羽田空港、東京駅で売っている帰省みやげが一番売れる時期。昨年よりは、増えたようですが、気軽に帰省出来る雰囲気ではなく、天候も悪く、最盛期だったころほどではありません。

帰省みやげにも流行りすたりはあり、昔はどこでも買えたお菓子が見当たらなくなったりしています。しばらく前、船橋駅コンコースで昔の名前のお菓子、ピーセンが売られている光景を見つけました。

イベント会場で売っていた榮太樓のTシャツを着ている人に、珍しいですねと声をかけました。20年前にピーセンを売っていた江戸一という会社は倒産し、老舗の榮太樓に買収されたとのことでした。

同じように、銀座千疋屋に買収され、再建中の新宿花園饅頭や、秘かに高価で販売を続けている神田精養軒のマドレーヌ、消えてしまったトレッカのフルーツケーキなど、味もパッケージも覚えています。

東京バナナが売れるようになったころには、これらの帰省みやげは主役の座を降りていたようなので、江戸一のピーセンを記憶しているのはどんなに若くても50代以上の人ではないかと思います。

懐かしいピーセンのロゴを見て、うれしくなり、足を止めてしまいました。先客がいたので、並んでしばらく待ち、一番小さなパッケージを衝動買いし、ほんのりとしあわせな気分に浸ることができました。

今売っているオリジナルピーセン、ピーナッツおかきは千葉県産のピーナッツにこだわっているそうです。帰宅して食べたら、記憶していたのと同じ味でした。日本橋にある榮太樓本店で買えるそうです。

#ピーセン #東京バナナ #帰省みやげ