ほぼひとりごと 2021年7月18日(日)

下から見上げる

(写真は、建設中のビルを下から見上げたもの。外観はそろそろ完成しそうです)

不器用なので、こどものころに買ったプラモデルが完成したことはあまりありません。数学は好きで、比較的得意でしたが、理科、特に生物は苦手だったので、選んだコースは自然と文系になりました。

ということで、建築や土木の専門家や、模型をきちんと作れる人を尊敬しています。古今東西の歴史的な建物や橋などをどうやって作ったのか、皆目見当がつかない分、感激して鑑賞することができます。

最近、新宿や渋谷の上空が、羽田空港へ着陸する飛行機のコースになったので、空を見上げる機会が増えました。転倒しないようにバランスをとって見上げるのは、そんなに簡単ではありません。

この間、建設中の高層ビルを下から見上げました。そろそろ、最上階にあるクレーンが解体されるかなという最終段階に入っているようでした。見上げることでビルの高さを余計に実感できました。

それにしても、こんな大きな建物を企画、設計し、建設することが出来るのは素晴らしいことだと思います。想像力と創造力がかけ算になっているような気がしました。階数はわかりませんが、大きなビルです。

たまには、下から見上げるのも悪くはないなと思います。空や飛行機だけでなく、視点を変えて見上げると、高層ビルもそれまでとは全く違った風景があらわれることに気づくことがありそうです。

高層ビルを建てる計画があちこちにあり、来年以降も次から次へと着手されそうです。懐かしいビルのある風景がなくなるのは寂しい限りですが、新しい風景が見られるのは少しばかり楽しみです。

#高層ビル #プラモデル #見上げる

ほぼひとりごと 2021年7月17日(土)

二年ぶり

(写真は、二年ぶりに組み立てられた蟷螂山。毎年7月17日に行われる巡行は今年も中止です)

数年前まで、祇園祭は名前を知っているだけで、葵祭や時代祭とどう違うのかも理解していませんでした。思いがけず、祇園祭山鉾連合会や、蟷螂山の財団の人と知り合いになり、ご縁が出来ました。

昨年からは、観客の密集を避けるということで、巡行が中止になっています。2019年の巡行の時、蟷螂山は一番くじで、先頭で巡行することになっている長刀鉾の次で、目立っていました。

巡行のなかった昨年もくじ引きだけは行われ、続けて一番くじだったのですが、今年は12番くじだったそうです。来年こそ、巡行が復活してほしいという関係者と観客の願いが叶うと良いと思っています。

蟷螂山は、動くかまきりの仕掛けに特徴があります。ふだんは、かまきりがおみくじを運ぶような趣向も用意され、人気がありました。山は建てられたものの、おみくじは今年も中止になっていました。

祇園祭の趣旨は疫病退散、去年は粽を買うのも難しかったのですが、今年は二年ぶりに建てられた山の横で売っていました。すべての山が建てられたわけでもないのですが、ホッとした気持ちになります。

東京から出かけて行って良いものか、迷いましたが、大阪での用事にあわせ、蟷螂山を訪ねることにしました。アルコールで消毒し、マスクをつけ、ディスタンスをとって話をすることが出来ました。

話をしている間に、晴れたり曇りだった空の様子が急に変わり、雷と豪雨で歩けないほどになりましたが、そんなに長い時間ではなく、また陽射しが戻ったことで、疫病退散のご利益をより一層実感しました。

#祇園祭 #蟷螂山 #疫病退散

ほぼひとりごと 2021年7月16日(金)

秋葉原駅

(写真は、秋葉原駅3階にある総武線各駅停車の千葉方面ホームです)

山手線・京浜東北線と総武線各駅停車が十字に交差している乗換駅秋葉原は、3階建てになっています。Wikipediaによると、完成したのは約90年前。総武線の両国お茶の水間が開通した時だそうです。

電気街や昭和通りに出られる一階は、秋葉原駅のコンコースになっています。エキナカの飲食店なども出来ていますが、広くて歩きやすいので、人の流れと行違うのもそんなに大変なことではありません。

2階が山手線・京浜東北線のホームです。1階に下りる階段や、3階に上がる階段があるので、少し狭い部分もあります。昔作った立派な設備なので、バリアフリー設備が足りないのが残念です。

2階のホームの横には、品川行の常磐線特急ひたちや東海道線列車も走る上野東北ラインの線路が並行しています。上野駅を出た、東北・上越・北陸新幹線の列車も、このあたりでトンネルから出てきます。

3階にある総武線各駅停車のホームは、千葉方面、お茶の水方面ともに広く、1階までほぼ直通のエスカレーターもあり、改札口に出る方が、2階の山手線・京浜東北線ホームとの行き来よりラクです。

3階ホームには、今は珍しくなった牛乳スタンドがあります。普通の牛乳だけでなく、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳などが銭湯のように、昔懐かしいビンが売られています。ついつい飲みたくなります。

約90年前に、こんな立派なホームを作った先見の明が大したものだと思います。ダイヤが乱れた時や深夜帯で本数が少なくなると、それでも満杯になりますが、隣の狭いお茶の水駅のホームとは大違いです。

#秋葉原駅 #総武線各駅停車 #牛乳スタンド

ほぼひとりごと 2021年7月15日(木)

初台スーパー百貨店

(写真は、初台駅から山手通りの間にある初台スーパー百貨店。昭和のまま、今のところ、健在でした)

しばらく前、東急バスから京王バスになった、初台駅と渋谷駅間のバス路線。昔は結構頻繁に運行されていましたが、この間から週に1本だけになっています。路線免許維持のためだけに運行しているみたいです。

京王新線が開通し、山手通りのバス路線もあるので、不便ではありません。利用者が減少して本数が減少し、使いにくくなってますます利用者が減少するという悪循環、都市部も地方でも同じ現象です。

渋谷行のバスが通っていた、山手通りに向かって一方通行の初台商店街は、マンションやオフィスが増えることで、住民や勤め人も増え、人通りもあり、飲食店も多く、商店街として元気に成り立っています。

しゃれたフランス料理店や、スターバックスの新業態店ネイバーフッドなどが開店したこともありましたが、長続きしませんでした。潜在需要はあると思うのですが、ミスマッチだったのだと思います。

山手通りに向かって坂道になるあたりに、初台スーパー百貨店があります。20年近く前、代々木に引っ越して来た時と同じような店構えでした。昔ほどの賑わいはありませんが、ホッとしました。

郊外のような大規模スーパーやショッピングセンターはありませんが、歩いていけるところに、駐車場もあるOK初台店がありますが、肉魚野菜など生鮮食品は初台スーパー百貨店でも売っていました。

初台スーパー百貨店が健在なところが初台の魅力なのかも知れません。歩ける距離の代々木八幡や代々木上原まで行くとガラッとイメージが変わり、時代の先端を行くようなおしゃれなお店が増えます。

#初台駅 #元代々木 #商店街

ほぼひとりごと 2021年7月14日(水)

散歩コース

(写真は、千駄ヶ谷駅(国立競技場前駅)から撮った国立競技場沿いの神宮外苑の通り。立入禁止になっています)

散歩コースが立入禁止になりました。千駄ヶ谷駅から少し先のところでブロックされています。一般は無観客開催になったので、当初予定した人の流れにはならないので、変更があるかも知れません。

千駄ヶ谷駅から、神宮外苑の通りを使って、三井ガーデンホテルプレミアやスケートリンク、信濃町駅には行けません。ここのところ、このあたりの散歩をしていなかったので、この日、初めて知りました。

国立競技場改築と神宮外苑自体の改装のため、廃止された霞ヶ丘団地や、閉店したちゃんぽんの水明亭などを考えると複雑な気持ちになります。観客ありを前提とした、交通規制が予定通りスタートしました。

ここのところ、思い通りにならないと強権を発動するぞという話が増えているように思います。成田空港や虎ノ門の環状2号線のように長い間完成しない公共プロジェクトがたくさんあるのも確かです。

国立競技場だけでなく、すでに多くの施設が建設されました。同時に至るところで、街づくりという名目で、建設計画が加速し始めています。50年しか経っていない建物が壊される計画が続々出ています。

緑化とか、SDGsとか、国や地方自治体、企業もアピールしていますが、建設や計画のジャマになった緑は気軽に伐採しています。せっかく残った都心の緑、神宮外苑を大事にしたいと思います。

立入禁止が全面的に解除されるのは、少しは涼しくなる、9月になってから。夏の間は、新しい散歩コースを開拓できる良いチャンスだと思うようにしています。新しい発見を楽しみにしています。

#神宮外苑 #立入禁止 #散歩コース

ほぼひとりごと 2021年7月13日(火)

MONGGO MORO

(写真は、大久保通りから新宿御苑駅近くに引っ越ししたインドネシア料理店、MONGGO MOROです)

去年の春、大久保にあるMONGGO MOROという店名のインドネシア料理レストランに行きました。メインになるおかずを選ぶと、ごはんや付け合わせが付いてくるセットが基本の美味しい店でした。

インドネシア人のお客が多く、イスラム教国なので、お酒がありません。飲んでみるまでなんだかわからないソフトドリンクはインドネシア料理の味にあったテイストで、ミステリアスな美味しさでした。

翌日、もう一度食べたくなって、お弁当を買いに行きました。お店で食べるように、おかずを選んだお弁当と、インドネシアの焼きそば、ミーゴレンを買って帰りました。お弁当でも美味しく食べられました。

大久保通りは、毎日一万歩散歩コースで、人の少ない時間に歩くことがありました。MONGGO MOROの前を通るたびに、元気でやっているなと確認しましたが、なかなか、再訪の機会がありませんでした。

大久保通りにある、たくさんの韓国料理店の中には24時間営業の店もありましたが、MONGGO MOROはお昼と夜に営業するレストランだったので、散歩で通る朝の時間帯には閉まっていました。

そのうち、看板が変わり、いつの間にか、不動産屋さんになってしまいました。持ちこたえられなかったのかとガッカリし、営業しているうちに行っておけば良かったと深く反省することになりました。

ところが、しばらくして、新宿御苑前駅近くの新宿通りに新装開店していることに気づきました。このあたりも、散歩コースでしたが、気がつきませんでした。MONGGO MOROの看板、うれしかったです。

#MONGGO MORO  #インドネシア料理 #引っ越し

自分(の仕事)史 2021年7月12日(月)

JFKから

(写真は、数年前、マンハッタンのシックスアベニューで撮ったものです。いろいろなタクシーが走り、SUVも増えました)

VIP扱いだと、ドアからJALのスタッフがアテンドし、入国もスムースに行きますが、普通は入国カウンターの長い列に並びます。他の便と重なった時など、荷物のチェックが終えて外に出るまで結構な時間がかかります。

外に出ると、出迎えの人がたくさん待っています。その中をかき分けてタクシー乗り場を探して、歩いていくのも一苦労です。JALのターミナルと言っても、いろいろな航空会社が使っているので、出迎えの人は多国籍です。

JFK空港で、JALとKAL(大韓航空)は同じターミナルを使っていました。ニューヨークのデリは韓国人が経営している人が多く、入国してくる人も、ここで働くぞという熱意がみなぎっているような感じでした。

JAL便が着くと、駐在員風の人や家族が多く、不安が顔に出てはいるものの、なんとなくのんびりしたムードでした。私も同じような表情でターミナルに現れたのだと思います。一気に籠の中から、外にでることになります。

慣れてからは、マンハッタンまでの移動に、空港バスや地下鉄を使うようになりましたが、最初はタクシーです。ガイドブックには白タクに気をつけろと書いてあったので、ドキドキしながら、イエローキャブを探しました。

シンガポール対岸のインドネシア領バタム島に行った時に、客引きしているタクシーしかいなかったことを思えば、どうということはありませんでしたが、見るもの聞くもの、すべてが不安の種でした。

日本のハイヤーより気軽に乗れるリムジンを予約すれば、名前を書いたボードを持ったドライバーが迎えてくれています。日本人のドライバーやリムジン会社も多く、慣れてからは重宝しました。

#JFK #ニューヨークタクシー #入国手続き

一週間(7月4日(日)~7月10日(土))

週刊日記

熱海での土石流。土盛りをした経緯などが報道されていましたが、山を守っていた森林を伐採し、売れる土地を増やしていった結果、土石流を防げなくなったということです。風光明媚な熱海の裏側の事実です。

昔、箱根外輪山をハイキングした時、尾根伝いの道沿いに廃車になったクルマや電化製品が捨てられていたのを見たことがありました。どうやって、ここまで運んだか不明でしたが、土を被せれば見つかりません。

きれいごとばかりを言っているわけには行きませんが、捨てられ、隠された産業廃棄物が大変なことになるかも知れません。廃液が川を流れて汚染するなど、命そのものに悪影響を及ぼすかも知れません。

梅雨末期の豪雨が続いている中、行方不明の方の捜索が難航しています。ニュースを聞くとたまらない気持ちになりますが、これが現実です。SDGsとお題目を唱えても、実行につなげなければと自省しました。

都議会議員選挙は、勝者なき戦いと言われていますが、国政上の課題に対する有権者の意思が垣間見られたような結果になりました。盛り上がらないオリンピック開会を目前にして、分断が固定化しそうです。

自分の身の回りでは、特段のことのなかった週でしたが、社会的には嫌だなと思うようなことが起こり続けています。自分にできることはないと割り切ってしまって良いのだろうかと考えてしまいます。

すでに1か月続いている足指の痛みはだいぶ薄らぎました。多少の違和感は残っていますが、普通に歩くことができるようになりました。あらためて、普通が大事だと痛感しています。蒸し暑い日が続きます。

ほぼひとりごと 2021年7月11日(日)

松陰神社前商店街

(写真は、東急世田谷線松陰神社前駅の踏切から撮った、松陰神社前商店街です)

子供の時、山口県萩市の松陰神社が本家だと知りませんでした。地元の氏神様ではないことや、境内で子供が遊べないとか、お祭りも予告もなく、一日だけで縁日も出ないなど、なじみの薄い神社でした。

松陰神社から、踏切を渡って、世田谷通りまでが松陰神社前商店街です。沿線では、三軒茶屋、下高井戸についで、賑やかな商店街だったと思います。ほとんどのことが間に合う店が軒を並べていました。

肉屋さんやクリーニング屋さんなどは、毎日のように御用聞きに来てくれていました。肉屋さんに、隣の八百屋さんから野菜を買って来てもらったこともありました。そんな時代があったのは50年以上前です。

踏切の横には本屋さん、パンも売っているお菓子屋さんと、内科のお医者さんがありました。パンを売っている精養堂は今でも残っています。内科の医者さんにもよく行って、太陽灯をあててもらいました。

出前をしてくれる食べ物屋さんも、日本そば、中華料理、うなぎ、お寿司などがあり、選び放題でした。日本そば屋の出前は自転車に乗って、片手で、曲芸のようにお盆を重ねて調子を取っていました。

たばこ屋さんの隣の和菓子屋さんでは、お饅頭やお団子など甘味のほか、かんぴょう巻やおしんこ巻などの海苔巻や稲荷ずしも置いてありました。今でもその懐かしい味を覚えているくらいです。

商店街の中に、小さなスーパー風のお店が出来たあと、近く本格的なスーパーも開店し、代替わりしたお店もたくさんありますが、昔からの店も残っている松陰神社前商店街は今でも賑やかです。

#松陰神社 #松陰神社前商店街 #御用聞き

ほぼひとりごと 2021年7月10日(土)

(写真は、鳩サブレ―で有名な豊島屋の3階にある喫茶店扉のメニューです)

半世紀前の1971年に、高校生から大学生になりました。小学校の遠足から始まり、背伸びしたデートや免許取り立てのドライブなどで鎌倉はなじみのある場所で、何回も行ったことがあります。

今と同じようなイメージだった横須賀線鎌倉駅東口を出ると駅前広場と小町通に何軒かの喫茶店がありました。正面の今、ニュージャーマンベーカリーのあるところにも、少し風変わりな喫茶店がありました。

残念ながら名前を思い出すことは出来ませんでしたが、オレンジクーラーとか、レモンクーラーとかいう名前で、生のオレンジやレモンの香りのコーヒーがあり、結構美味しかった記憶があります。

そのころの記憶にはありませんが、分厚いホットケーキを出す小町通のイワタは、いつも混んでいるクラシックな趣の店です。入ると、ホットケーキは焼くのに1時間くらいかかるが注文するかと聞かれます。

小町通のお店も、ほとんどが代替わりしています。京風お弁当を出す円山や、釜めしの杉ノ目なども、背伸びして入ったことがある店もなくなりました。当時の財布で大丈夫な程度の値段の店でした。

鳩サブレ―で有名な豊島屋の3階に扉という喫茶店があります。当時も豊島屋の中にあったのか、まるきり覚えていませんが、古風なメニューの説明によれば、1955年創業のお店だそうです。

思い切って入った扉で紅茶とプリンを頼みました。美味しい紅茶とクラシックな感じの硬めのプリンでした。扉という名前は記憶していましたが、昔、入ったことがあるかどうかは最後まで思い出せませんでした。

#扉 #鎌倉駅前 #喫茶店