ほぼひとりごと 2021年7月9日(金)

バリアフリー

(写真は、千代田線代々木公園駅にある上りエスカレーター。お世話になっています)

 

足指が痛く、歩くのが苦痛だった時、エスカレーター、エレベーターには大変お世話になりました。バリアフリーが制度として推進されているおかげで、階段しかない駅が少しづつ減少しています。

お年寄りやベビーカーの人がエレベーターが来るのを待っている時は、足指が痛いだけで、見かけは変わらないので、少し臆してしまうことがありますが、少し歩いてもエレベーターを使ってしまいます。

副都市線北参道駅のように、土地の形の関係なのか、地上までエレベーターを使おうと思うと、結構なヨコ移動をしなければならない駅もあります。痛い足を引きずりながら歩くのは一仕事です。

上りのエスカレーターは増えましたが、下りはそんなに多くありません。双方向で設置されていれば良いのですが、千代田線代々木公園駅のように、上りのエスカレーターだけの駅がほとんどです。

症状にもよりますが、下りの階段の方が厳しい場合もあります。リズムをとって、トントンと下りるのは、普段であれば何の問題もありませんが、痛みがある時は一段ごとに激痛がしてしまう場合もありました。

千代田線代々木公園駅の出口は、代々木公園駅前と代々木公園西門のバス停の間にあり、代々木公園駅前の方が少し近くなりますが、代々木公園西門側にしか、エスカレーターがありません。

エレベーターは西参道の向かい側にしかありません。ベビーカー、クルマ椅子を使う方にとってのバリアフリー度が十分だとは言えないと思いました。足指が痛くなって、いろいろなことに気づきました。

#エスカレーター #エレベーター #バリアフリー

ほぼひとりごと 2021年7月8日(木)

雨の銀座

(写真は、みゆき通りと外堀通りの交差点から、数寄屋橋に向けて撮りました。紫陽花が目立っています)

雨の銀座に紫陽花が咲いていました。人もクルマも少ない日が続いています。もう少し遅くなると街の灯も暗くなるようです。タクシーの行列もなかなか進みません。まわりのネオンも寂しそうな感じです。

紫陽花の咲いている場所の前は、旭屋書店があったところです。待ち合わせに使ったことが何度もあります。インバウンドをターゲットにした銀座東急プラザになって、ビルの中に入ることが少なくなりました。

同じように、インバウンドをターゲットにした、銀座松坂屋あとの銀座SIX、大改装してイグジット銀座になった銀座メルサも、なじみの薄い店舗が増え、品ぞろいも激変し、入らなくなってしまいました。

週末になると、昼間の人出は戻り、密になるのではと心配するくらいになっているようですが、平日の夜は閑散としたままの状態が続いています。傘の花が咲く、雨の銀座の賑わいはどこにもありません。

大企業の幹部なども、黒いクルマで銀座に乗り付けたところを写真で撮られたりしてはまずいと思っているようで、東京の夜、接待の街の象徴になっている銀座への足は遠のくばかりみたいです。

そんな銀座に紫陽花が咲いていました。昔は柳の木が植わっていた歩道です。毎度のことですが、何度も通った交差点ですが、紫陽花には気づきませんでした。見逃している街の景色がたくさんあります。

外堀通りの向こう側にある熊本館や、ショッピングビル、数寄屋橋交差点には不二家のネオンが輝いています。ソニービルがなくなって景色も変わったこの場所、雨の銀座はひっそりとしていました。

#紫陽花 #雨の銀座 #数寄屋橋

ほぼひとりごと 2021年7月7日(水)

代々木ブロードウエイ

(写真は、一旦開店したあと休業しているブロードウエイダイナーの隣、代々木ブロードウエイです)

しばらく前に通った時は、ブロードウェイダイナーの2階にあるエンパイアレストランだけが営業しているようでした。外に出してあったメニューは、ブロードウエイダイナープレオープンと似たようなものでした。

外装はアメリカンダイナー風ですが、メニューにはタコライスがあったり、そうでもありません。せっかくなので、アメリカンメニューで徹底してほしいものですが、タイミングの悪い時期にあたってしまいました。

隣り合った二つの建物がこの先、どんな展開になるのか、興味を持って眺めています。建物の右側には、屋台村の親戚のような飲み屋さんが並んでいる路地があり、アメリカンはここでおしまいです。

湘南新宿ラインや埼京線が走る山手貨物線の厩道踏切を越え、千駄ヶ谷地区に入ると、エンパイアステートビルかと見まごうドコモタワー、新宿高島屋のあるタイムズスクエアと呼ばれるエリアがあります。

代々木ブロードウエイから、新宿駅方面を見て気がつきました。エンパイアステートビル、タイムズスクエアと来ると、ここが代々木ブロードウエイになっても、何の不思議もないということだと思います。

せっかくなので、一日も早く、代々木ブロードウエイがグランドオープンし、賑わうようになってほしいと思います。できれば、もう少しニューヨーク風のメニューになれば、最高だと思って、期待をしています。

新宿と地続きになっている代々木エリアは地味ですが、たまに面白い店が出現します。残念なのは、話題にならす、長続きしないことですが、代々木ブロードウエイには頑張ってほしいと思います。

#代々木ブロードウエイ #ブロードウエイダイナー #エンパイアレストラン

 

ほぼひとりごと 2021年7月6日(火)

青山通りのマクドナルド

(写真は、青山通り沿いの北青山三丁目、オリンピックの隣にあるマクドナルドです)

値段の高そうな店が増えている表参道、青山地区。昨日のテーマにしたオリンピックと隣にあるマクドナルドは入りやすいお店です。以前は24時間営業だったマクドナルドは、いろいろな意味で貴重でした。

結構美味しい100円コーヒーを頼んで、長時間滞在する人もいました。さすがに完全に眠ってしまうと店員から注意されていたようですが、見通しの良い店内なので、安心して滞在でき、トイレもあります。

24時間営業なので、早朝散歩で前を通ると、早起きの年配者などがコーヒーを楽しんで姿が見られました。一時期、テイクアウトだけになった時は、困った人が続出したのではないかと思います。

コロナ禍以降変わったのは、注文待ちをしているデリバリーの人たちが増えたことです。マンションも増えている青山通りかいわい、気軽に注文できるマクドナルドが大好きな住民も多そうです。

ニューヨークに住んでいた時、マクドナルドにはお世話になりました。お店で注文する際、HotTeaが通じなくて往生したこともありました。お気に入りは、ビッグマックミールというセットでした。

東京に戻って、マクドナルドでビッグマックミールと言ったら、通じませんでした。日本ではビッグマックセットというのが商品名です。時々、思い切り食べたくなることがあるのがビッグマックの不思議です。

ビッグマックの値段は、世界物価比較にも使われます。ニューヨークも地区によって、値段が違っていました。高かったのはマンハッタンの5番街近辺で、他のエリアでは少し値ごろになっていました。

#マクドナルド #24時間営業 #たまり場

自分(の仕事)史 2021年7月5日(月)

ニューヨークへ

(写真は、現在、JAL便が到着しているJFKターミナル1。1996年の時は別のターミナルでした)

辞令が出るまでには、少し時間がかかりました。前任者の異動先との関係もあり、NTTアメリカの副社長としてニューヨークに行くことになりました。主な仕事はリエゾン業務と調査業務でした。

ニューヨーク勤務が決まってから、ベルリッツの個人教授に通いました。大して英語が出来もしないのに、これで役に立つのかなというカリキュラムと思い、あまり真剣に学習しませんでした。

ニューヨークで実際に使われている英語に接した時、実感することは出来ましたが、英語で十分コミュニケーションが出来るわけではありません。笑い話のような失敗談が山ほどあり、自信喪失しました。

赴任する前、すでにNTTアメリカで数年間勤務している後輩から、マンハッタンの対岸にあるニュージャージーのヤオハンのチラシをもらったり、ニューヨーク便利帳を教えてもらったりしました。

おしゃべりは英語が上達する必要条件だとか、行くことでブラックボックスがなくなるなどと先輩や友人から言われ、背中を押してもらいました。その通りだったと思っています。今でも感謝しています。

入社して20年、管理職としての仕事も経験し、自信を持って仕事をしていたつもりでしたが、ニューヨークではほとんどすべての経験がリセットです。海外生活ができるかどうか、不安でたまりませんでした。

ニューヨークは今まで4回行ったことがありました。笑顔で挨拶をしてくれた、入国手続きや税関検査などの担当官が一層大きく、威圧的に見えました。予約したホテルまでたどり着くまで不安なままでした。

#ニューヨーク #英語学習 #赴任準備

ほぼひとりごと 2021年7月4日(日)

銀座通り

(写真は、銀座通りに並ぶお店。ドラッグストアのある場所は昔の不二家です)

数寄屋橋にある不二家は、ヤマザキパンの子会社になったあとも、不二家として元気に営業しています。一階でケーキやお菓子を売り、2階は店内でホットケーキを焼くところの見えるレストランになっています。

ドラッグストアになっている場所にも、同じように不二家があり、こちらでもホットケーキを焼いているとことが見えていましたが、閉店してしまいました。日本一地価の高い場所に近く、採算が難しいのでしょう。

ドコモショップになっている場所はクロサワビル。昔は確か、事務機器などを売っていたのだと思います。反対側の隣にはおすし屋さんなどがあったように思えますが、今は雑居ビルみたいになっています。

少し新橋寄りには、タバコ関連の菊水や、子供服のサエグサなど、銀座の柳があった時代から続いているような老舗も並び、松坂屋デパートが銀座SIXになった銀座通りの南側より変化がありません。

ドラッグストアには、申し訳ありませんが、ユニクロやGU同様、銀座通りには似つかわしくないような気がします。このくらいで、留まっていればと願っています。銀座通りの街並みを大事してほしいものです。

インバウンドのみなさんを見ることがなくなった銀座通りは賑わいもなく閑散としていました。ぜいたくなことを言ってはいけないと思いますが、大人の街、銀座が戻ったような気もします。

銀座通りをお店を見ながら、ゆったりと歩くことはあまりなかったように思います。いつもは人混みを縫って、一心不乱に新橋に向かっていたような銀座通り、たまには悪くはないなと思った平日の午後でした。

#銀座通り #不二家 #老舗

一週間(6月27日(日)~7月3日(土))

週刊日記(6月27日(日)~7月3日(土))

6月27日の日曜日は、特に疲れたわけではなかったのですが、どこにも出かけず、ゴロゴロしていました。新設短大の図書館に送ろうと思っている本の整理をしようとは思いましたが、進みませんでした。

月曜日は久しぶりに朝の散歩をしました。少しゆったりしたペースで、通勤してくる人の波に逆らって、新宿駅まで歩き、地下道を通って、新宿三丁目から明治通りの方まで歩きました。毎日一万歩散歩の再開です。

火曜日は、久しぶりに夜の会食でした。ディスタンスをとり、換気もしっかりしているお店で、大声を出さずに静かに食事をしました。もう少し気軽に会食ができると良いなとは思いますが、ホッとした時間でした。

翌日からは、用事で外出するついでに歩きました。ほとんど普通にはなっていますが、歩くスピードはまだまだです。もっとも、足指痛の前から、遅くなったなと思っていたので、年齢のせいかもしれません。

木曜日には、藤沢駅近くの画廊で始まった妹の個展に、小田急線で行って来ました。帰りは、ガラガラの江ノ電に乗って鎌倉に出て、横須賀線で東京に向かうという小旅行をしました。ぜいたくをした気分でした。

この週は土曜日も外出しませんでした。配管の掃除があって業者の人が来たことや、そのための準備などもあり、ずっと在宅していました。熱海で土石流被害があった梅雨末期の大雨。東京もほぼ終日雨でした。

6月30日で、3年続いた損害保険会社グループからのアドバイザー受託を終えることになりました。お手伝い程度の仕事でしたが、損害保険ビジネスの一端に触れることが出来た、良い経験だったと思います。

ほぼひとりごと 2021年7月3日(土)

鎌倉まで

(写真は、江ノ電江ノ島駅に停車中の鎌倉行の車内。小雨の平日の午後、ガラガラでした)

用事があって藤沢に行った帰り、小雨が降っていた平日の午後、時間に余裕があったので、藤沢から江ノ電に乗って、鎌倉まわりで東京に帰りました。今までに乗った江ノ電は週末が多く、満員でした。

藤沢から江ノ島までは、鵠沼の住宅地を通るので、海は見えません。湘南海岸公園という駅を通りますが、住宅地の中の駅です。平行して、小田急江ノ島線が走っていますが、役割分担しています。

海が見えるのは、江ノ島を出て、ほんの少し道路上を走って、次の腰越駅の先からになります。この区間だけ、路面電車の雰囲気ですが、4両編成の電車が道路上の単線の線路を走るのは迫力があります。

腰越から先、稲村ケ崎のあたりまでは、海を見ながら、渋滞で有名な国道134号線沿いを走ります。湘南の海沿いの国道134号線で、渋滞にひっかかったことが何回かあります。鎌倉が遠く感じられます。

小雨の降っている日の海は、サーファーの姿だけが目立っていました。右側に江ノ島が見えてくるこのあたり、大昔から、戦略的な場所だったように思います。兵どもの夢のあとも点在しています。

稲村ケ崎の先、海は見えません。車庫のある極楽寺は山の中、出るとトンネルです。昔、極楽駅近くにクルマを路上駐車し、江ノ島まで江ノ電で移動して、花火を見た記憶があります。緩い時代でした。

由比ガ浜、和田塚と、住宅地に敷かれた狭い単線を走ると鎌倉です。最混雑期は住民以外入場制限し、乗車するまでに2時間かかると言われていた鎌倉駅まで34分の小旅行、今日はガラガラでした。

#江ノ電 #鎌倉 #サーファー

ほぼひとりごと 2021年7月2日(金)

みゆき通り午後8時過ぎ

(写真は、銀座泰明小学校前。閑散とした午後8時過ぎのみゆき通りです)

雨模様だったこともあり、昨日、7月1日の午後8時過ぎ、銀座泰明小学校前のみゆき通りに面したお店はすでに閉まり、人も歩いていません。以前なら、並んで待機していた黒いクルマもありませんでした。

繁華街に出ている人が増えていると報道されていますが、目立つ場所だからか、閑散としているこのあたりは、銀座らしくありませんでした。新幹線のガード下の居酒屋さんだけが目立っていました。

以前だったら、宵の口のこの時間、これから飲みに行く人や、二軒目へのはしご酒の人が交錯していました。帰宅ラッシュが過ぎた午後8時の電車はエアポケットのように、意外に空いていました。

昔は、忘年会や送別会とかでなくても、仕事が終わったあと、職場で飲みに行くのが義務のようなものでした。早く帰りたい気持ちを抑えながら、先輩や上司の誘われるままの飲み会が頻繁でした。

それが当たり前のことだったので、どうせ、一緒に行くのが義務ならと、嫌がらず、自分の気持ちを盛り上げ、楽しんで参加していたような気もします。たまには、早く帰りたかった時もありました。

銀座が賑わっていると元気が出るような気がしますが、閑散とした静かなみゆき通りも悪くはありません。人やクルマが行き交っているみゆき通りより、街の輪郭がはっきりと見えるような気がします。

久しぶりに、午後8時過ぎのみゆき通りを歩きましたが、相変わらず、閑散として静かでした。すでに1年以上、このような閑散とした状況が続いていることで、いつの間にか慣れてしまったような気もします。

#みゆき通り #午後8時 #銀座

ほぼひとりごと 2021年7月1日(木)

オリンピック青山店

(写真は、北青山三丁目にあるディスカウントストア、オリンピック青山店。食料品は扱っていません)

青山通りの港区表参道、外苑前周辺に、昔からあったスーパーマーケット、ピーコックが先日閉店しました。大丸の子会社として開業し、その後イオングループスーパーとして営業していました。

もっと以前、たぶん、この間までブルックスブラザースがあった場所あたりに、24時間営業のユアーズというスーパーがありました。20代の夜更かしだったので、深夜時間に何回か買い物しました。

表参道にある高級スーパー紀ノ国屋は、一時期の仮店舗を経て、新しいビルの地下で営業しています。あとは自然食品専門店などで、普通の総合スーパーマーケットはなくなってしまいました。

そんな中、オリンピック青山店の看板が目立っています。オリンピックには総合スーパーもありますが、青山店はディスカウントストアで食料品は扱っていません。知らずに入店する人もいるのではと思います。

地下にディスカウントストア、一階には、自転車ショップと、オリンピック以外のお店が入っています。改装が終わったらしく、しゃれた感じで存在感があります。なかなか、良い感じのしつらえです。

昔から青山通りのこのあたりには、住宅公団(今のUR)や都営住宅があり、青山というイメージにしては普通に生活している街でしたが、最近は、建て替えなどが進み、高級アパートの比率が増えています。

すぐ近くの渋谷に行けば、デパ地下があり、中小規模のスーパーでも間に合うとは思いますが、オリンピック青山店が、ディスカウントストアではなく、食料品も扱えば、さぞ便利になるだろうと思いました。

#青山通り #オリンピック #ディスカウントストア