ほぼひとりごと 2021年9月16日(木)

ロマンスカー発車

(写真は、箱根湯本行のロマンスカーEXEαが発車準備中の小田急線新宿駅ロマンスカーホーム。乗りたいですね)

昔、小田急ロマンスカーには、注文を取って座席まで持って来てくれる、日東紅茶と森永が運営する走る喫茶室というサービスがあり、新宿から小田原までノンストップで贅沢な気分を味わえました。

最初に乗ったのは幼稚園のころ、ロマンスカーのシンボルSE車が登場する前の、紺と黄色のツートンカラーの車両、たぶん、1700型だったと思います。夢のような気分を味わった記憶があります。

小田急線駅から玉電やバスで行くところに住んでいたので、ロマンスカーに乗る機会は多くなかったですが、走る喫茶室で頼んだ日東紅茶を飲み、時には万世のカツサンドを食べた記憶があります。

その後、新宿から小田原までノンストップのロマンスカーは次第に減り、途中駅に止まるようになり、走る喫茶室もシートサービスを止め、ワゴン販売になり、今は、ワゴン販売もやめてしまいました。

ロマンスカーは、気軽に使える座席指定着席サービス列車として、新百合ヶ丘や町田など、新宿から20分か30分で行けるところでも、ロマンスカーの夢を乗せて、便利に使われるようになっています。

新宿駅に到着したロマンスカーは、東海道新幹線東京駅同様、手際よく、座席の向きを進行方向にし、車内清掃を行い、発車準備作業を行い、5分前くらいになるとドアを開け、乗客を乗せて出発します。

千代田線やJR御殿場線に乗り入れるMSE、先頭車に座れるロマンスカーVSE、GSEと、写真のEXEαの5種類の車両があります。多少ビジネスライクになりましたが、夢のロマンスカーは健在です。

#ロマンスカー #走る喫茶室 #新宿駅

ほぼひとりごと 2021年9月15日(水)

銀座よし田

(写真は、数年前、一年間のブランクのあと、銀座七丁目から銀座六丁目に引っ越した銀座のお蕎麦屋さん、よし田。狭くなってビルの2階だけになっています)

100年以上続いていると言われている銀座よし田が閉店した時はガックリしました。銀座としては安く、気軽に使えるお蕎麦屋さんでした。池波正太郎にならって、蕎麦屋で一杯という粋な経験をしました。

大して飲めるわけではありませんが、ホッとした時間を過ごせる店を楽しめました。つみれの親戚のようなコロッケが乗ったコロッケそばが有名だと言われていましたが、注文したのは1回だけでした。

銀座の老舗という気どりはなく、レジの下できれいな毛並みの黒猫が店番をしていました。鴨鍋や湯豆腐、板わさや焼き鳥、天ぷらなどをおつまみにして、ゆったりとお酒を飲める銀座のお蕎麦屋さんでした。

お店の人にも認知され、21時過ぎの閉店時間まで長い時間お世話になりました。この店で、接待している人が増えるのは景気が悪い時。同伴出勤や出勤前のクラブのママからも、景気が窺がえました。

夕方から、時間帯によって、客層が変化するのも面白く、1階フロアの小さな椅子に座っているだけに銀座のお蕎麦屋さんの風情を楽しめました。2階と3階にはお座敷があり、予約も可能でした。

1階フロアは、忙しい時期がダメだったと思いましたが、18時半までは席を席の予約が可能でした。なじんでくると、端の方の席に座らせてもらいました。狭くなった新しい店では、なかなかそうはいきません。

一年後に再開し、のれんも味も同じでしたが、長くつとめたお店の宝だった従業員のみなさんの姿が消え、雰囲気も少し変わりました。従業員に申し訳なかったという女将さんの表情が印象的でした。

#銀座の黒猫 #同伴出勤 #老舗の宝

ほぼひとりごと 2021年9月14日(火)

オリンピックシンボル

(写真は、JOC前にあるモニュメントのオリンピックシンボル。写真を撮るための行列が出来ていました)

数日前の昼下がり、久しぶりに神宮外苑散歩を再開しました。ゴルフ練習場が使えず、一部は作業中ですが、7月下旬から始まった神宮外苑の歩行規制もやっと終わり、警備の数も減っていました。

新国立競技場建設のあおりで、明治公園とタクシーの運転手さんが使い易いトイレと一緒に壊された日本青年館は豪奢なビルに建て替えられました。その隣は、日本オリンピック委員会(JOC)です。

JOC前のオリンピックシンボルは大人気。オリパラが終わっても、写真を撮るための行列が出来ていました。シンボルのところで写真を撮ると何か良いことがあるという伝説が出来ているのかも知れません。

Wikipediaによれば、明治神宮造営とあわせて出来た洋風庭園が明治神宮外苑だそうです。学徒出陣式など、歴史の証人になっていますが、例によって、大規模な再開発計画があるようです。

JOCと日本青年館、新国立劇場の建設と、スケート場の改装は終わり、三井不動産グループのホテルも開業しました。そのかわり、明治公園、タクシー運転手さんのトイレ、霞ヶ丘団地などが消えました。

広い神宮外苑なので、全体のイメージに変化はありませんが、周辺には高層マンションも建ち始、なんでこんな場所にあるのかと不思議だった歴史のあるちゃんぽん屋さん、水明亭も消えてしまいました。

JOC前のオリンピックシンボル前の行列を見て最初に思い浮かんだのはポケモンGoでした。早朝散歩をした時に撮ってみようかなと一瞬思ったくらいの行列でした。たぶん、やらないと思います。

#神宮外苑 #JOC #オリンピックシンボル

自分(の仕事)史 2021年9月13日(月)

財布の場所

(写真は、ニューヨークに行く時に使っていた財布。ニューヨーク州のドライバーズライセンス(失効)やドル紙幣が入っています)

幸い、ニューヨークでトラブルに巻き込まれたことはありませんでしたが、犯罪が多く、お尻のポケットに財布を入れるのは危険だと言われたので、確認しやすい前のポケットに入れることにしました。

日本では小銭入れも使っていますが、反対側のポケットに、紙幣と小銭をそのまま入れることにしました。主にチップ用の1ドル札と、何かと便利な25セント玉です。すぐに取り出せるようにしました。

持ち歩くクレジットカードとキャッシュカードも最小限にし、あとはドライバーズライセンスを入れるくらいにしました。ドライバーズライセンスは、、飛行機に乗る時などに必要になる顔写真付きIDカードです。

日本で米ドルパッケージに両替すると、50ドル札や100ドル札が入っていますが、20ドル札以上の紙幣を使うことはありません。50ドル以上紙幣は偽札かどうか、しっかり調べられたことがありました。

100ドルを超えるような買い物や食事には、クレジットカードを使うことがほとんどです。20ドル札が普通に流通している最高額紙幣でしたので、日本の1万円札と同じくらいのイメージと思っていました。

20年前のランチでも、テーブルサービスのレストランでしっかり食べると20ドル以上。デリや屋台などで、ホットドッグやベーグル、サンドイッチなどを買うと数ドル、屋台でのバナナは4本で1ドルでした。

今でも、財布を前のポケットに入れることを習慣にしています。モバイル決済が増えたこともあり、カードの枚数を減らしたいなと思っていますが、会員カードなどや診察券なども加わり、ふくらんだままです。

#20ドル札紙幣 #マンハッタン #財布

一週間(9月5日(日)~9月11日(土))

週刊日記

(写真は、オリ・パラ期間中通行禁止だった外苑西通りの国立競技場前。前にある有名なラーメン店、ホープ軒は営業中です)

9月5日日曜日の都内のマラソンでパラリンピックが閉会したあと、一旦は秋らしくなった気温が木曜日から暑くなりました。世の中の話題は皇室関係の話、コロナ、自民党総裁選関連が中心でした。

神奈川で支店長をしている時、先方は覚えているとは思えませんが、神奈川県選出の現首相、有力候補ともあいさつ程度の言葉を交わしたことがあります。適材適所という点で複雑な気持ちです。

土曜日は9.11から20周年、あの時から確実に世の中が変わりました。いろいろな意味で日本もテロに無関係ではありません。虚勢を張って国民をリスクにさらすリーダーは歓迎できません。

9.11は、アフガニスタンやイラク侵攻の理由にされ、サウジアラビア出身のオサマビンラディンが暗殺されるという結果になったものの、アメリカの侵攻のおかげで、リスクは減るどころか増しました。

国と国が、宣戦布告をして開戦するという昔の戦争ではなくなっていますが、理由をつけて、相手を成敗するということでの侵攻や攻撃は、桃太郎の鬼退治から一歩も進んでいないような感じがしてなりません。

週末には、20周年記念番組が日本でもアメリカでも盛んに放送されていました。9.11を現地で経験したことで、普通と思える生活をすることが貴重だと痛感しました。毎日を楽しみたいと思っています。

#週刊日記 #自民党 #9.11

自分(の仕事)史 2021年9月11日(土)

あれから20年

(写真は、2000年11月にワールドトレードセンターにあった第一勧業銀行(当時)を訪問した際のIDカードです)

破壊されたワールドトレードセンターには当時の富士銀行、第一勧業銀行が入居し、.破壊されずに残ったファイナンシャルセンターに野村証券、メリルリンチ証券などのお客さまが入居していました。

営業活動で訪問する時には、早めに地下鉄で現地に向かい、クリスピークリームドーナツのお店で、自動で揚げられるドーナツを眺めたりして、時間をつぶしてから手続きをし、エレベーターに乗りました。

ワールドトレードセンターでは、毎回、プラスティックで出来た入館証を発行してくれました。当日だけ有効で持ち帰ることができるので、手元に残っていました。記念というには苦い思い出になっています。

ツインタワーになっていた、ワールドトレードセンターがこの世から消えて20年。目をつむると、破壊される前の姿が思い出されます。飛行機が突っ込んで崩れた瞬間は下を向いていたのか見ていません。

9.11の後、現地に見物したいという出張者も多かったのですが、とても同行する気にならなかったので、リムジンを頼んで行ってもらいました。しばらくして、営業再開した会社を訪問することにはなりました。

当日は、近くのデリで食料と飲み物を買って、出勤してきたスタッフに渡し、気をつけて帰宅してと願って送り出しました。全員が無事帰宅したことを確認できたのはその日の深夜になってからのことでした。

NTTコミュニケーションズ社長から激励FAXを送ったという秘書からの電話に、全員が復旧作業で出払っているので、留守番のベライゾン社長が直に出たことで、通信キャリアとしての使命感を感じました。

#9.11 #ワールドトレードセンター #通信キャリアの使命感

ほぼひとりごと 2021年9月10日(金)

千駄ヶ谷駐車場

(写真は、首都高4号線の下にある千駄ヶ谷駐車場。商売熱心です)

以前は都内で月極駐車場を探すのが大変でした。雨の当たらない首都高下も満車でキャンセル待ち状態でした。35戸に24台分あったアパートの駐車場も満杯で、2台目は外で探すしかありませんでした。

最近は、交番の前の昨日の交通事故掲示板の数字も減り、死亡事故はほとんどなく、渋滞も減って、停留所でバスが時間調整をすることも多くなりました。カーシェアが増えて、駐車場の空も目立ちます。

それでも、駐車場だった土地にマンションやビルが建つと、局地的には駐車場が不足することになります。月極でも、時間制でも、駐車場マッチング会社の仕事する余地が確実に増えているようです。

首都高4号線下の千駄ヶ谷駐車場は、強気というほどではありませんが、近所のジャガー・ランドローバーのディーラーが月極で借りていることもあり、空スペースが目立つということはありませんでした。

鳩森神社横の、注目されている将棋会館が移転してくるという計画のある、すぐそばのビル建設用地がしばらくの間、駐車場として使われるようになったので、にわかに競争市場が発生したのかも知れません。

それにしても、観光地の土産物屋さんのようなのぼりを立てて、集客し始めたのは意外でした。一日2500円はこの場所ではまあまあかなと思いますが、30分250円は2時間1000円、割引なしです。

無観客で開催したオリンピック・パラリンピックが終わったあとは、イベントがない限り、このあたりは静かな外苑の通りに戻ることになります。駐車場ビジネスも安泰ではなくなっているように思いました。

#駐車場 #千駄ヶ谷 #商売熱心

ほぼひとりごと 2021年9月9日(木)

四ツ谷大木戸

(写真は、四ツ谷大木戸(四ツ谷4丁目)交差点にある江戸時代の道標。散漫なレイアウトが良い感じです)

四ツ谷大木戸の先は内藤新宿。道標に記されている下諏訪までの道のりは山を越え、大変だったと思います。今、甲州街道は、ここで新宿御苑の下を通る立体交差のトンネルと新宿通りに分岐します。

甲州街道と交差する外苑西通りは、この先、靖国通りを越えたところまでが整備されています。いずれは先まで伸びるのでしょうが、今は富久町に出来た異様な高層マンションあたりまで通れます。

このマンション、このあたりでは突出した高さなのと、最上階あたりのデザインのせいで、遠くから目立っています。新宿区にはいくつか残っている情緒を感じさせる旧町名のイメージとは合っていません。

四ツ谷大木戸から、四ツ谷三丁目に向かう甲州街道は、四ツ谷を越え、半蔵門から皇居のお堀沿いに日比谷交差点まで、広い道が続いています。四ツ谷駅までの地下は東京丸ノ内線が走ります。

通行量の多い幹線道路ですが、路線バスも少なく、比較的静かなイメージの道路で、歩道も広く、歩きやすくなっています。これで、もう少し街路樹が豊かだったら、もっと歩きやすかったのにと思います。

甲州街道から曲がって入るいくつかの細い道には、比較的昔が残ります。靖国通りに向かって坂道を下がると、昔からの道のところどころに、新宿区が整備した史跡や坂道の説明があって楽しめます。

散漫なレイアウトで並べられている江戸時代の道標は、伊勢丹のある新宿追分交差点から、四ツ谷方面に向かって甲州街道の左側の舗道を歩いて、四ツ谷大木戸交差点に立つと、目の前に見えます。

#四ツ谷大木戸 #新宿御苑 #外苑西通り

ほぼひとりごと 2021年9月8日(水)

皀角(さいかち)坂

(写真は、中央線沿いに水道橋駅方面に下がっている皀角(さいかち)坂。お茶の水に向かっての上りは結構急な坂です)

人の少ない時間と場所を選んで、毎日散歩を始めて1年半。痛風と歩き過ぎでお休みもしましたが、おかげ様で、坂道や駅の階段で息切れをすることが少なくなりました。この調子を維持したいものです。

水道橋の駅で降りて、見通しの良い坂道をお茶の水方向に歩きました。頂上近くにあった説明板に書いてあった名前は皀角(さいかち)坂という、こんな漢字があることはまったく知りませんでした。

野山にはえる落葉高木の皀角(さいかち)という木が、このあたりにたくさんあったのが坂の名前の由来だとありました。枝にとげが多く、羽状の葉と豆のような花が咲く木が群生していたようです。

東京はあちこちに坂があります。お茶の水駅あたりを頂上に、このあたりは坂が多く、上り下りをしなければならないルートばかりです。皀角(さいかち)坂は見通しの良い直線で歩きやすい坂です。

登ったところで、振り返ると、中央線のオレンジの電車(快速)と黄色の電車(各駅停車)が走る線路が方向別のお茶の水駅から入れ替わる場所と東京ドームホテル。その先に遊園地があります。

水道橋駅は、東京ドームで巨人戦があると満杯になり、試合終了時など、お茶の水からガラガラで来た中央線各駅停車の電車が、試合の興奮と熱気をまとって乗って来る人たちで満員電車となります。

皀角(さいかち)坂は何回も通ったことがありましたが、名前は知りませんでした。皀角(さいかち)坂の正面、中央線の線路と外堀の向こうはお茶の水坂には、昔、鉄道模型社という模型屋さんがありました。

#皀角(さいかち)坂 #水道橋駅 #お茶の水坂

ほぼひとりごと 2021年9月7日(火)

表参道のLindt

表参道が青山通りとの交差点に近いあたり、新潟のアンテナショップ「ネスパス」の隣に、スイスチョコレートLindt(リンツ)のショップが開店し、その隣のビル2階にあったモスバーガーは閉店していました。

チョコレートは明治、森永、ロッテや、メリーなど国産が中心だったころ、海外旅行のお土産でスイス(リンツやネッスル)やイギリス(キャドバリー)、アメリカ(ハーシー)のチョコレートをもらって感激しました。

輸入された舶来品だということで、ありがたがっていたころでしたが、輸入品というだけでなく、これらのチョコレートはカカオやミルクの含有量も多く、日本ブランドのチョコレートより、リッチな味でした。

ニューヨークで、チョコレートだけではなく、ありがたがっていた海外ブランドが、現地では普通のブランドだと気づくことが結構ありました。ペンギンマークのマンシングウエアも普通の衣料品でした。

スイスチョコレートのLindtも高級というイメージはありませんでしたが、お土産などの需要を狙って、マンハッタンの目抜き通りに店を開き、きれいなパッケージにして、イメージチェンジしていました。

だいぶ前から青山通りにあったお店を閉めた代わりに開店したLindtの表参道店は、既存のお店より、ゴージャスな感じの店をめざし、高級なチョコレートとしてのイメージアップをめざしているようです。

一旦、価格競争に巻き込まれ、特売商品にしてしまうと、そこからの脱出は困難なことになります。Lindtチョコレートのチャレンジは、今のところ成功しているみたいです。ブランド戦略、面白そうです。

#ブランド戦略 #Lindt(リンツ) #スイスチョコレート