ほぼひとりごと 2021年7月6日(火)

青山通りのマクドナルド

(写真は、青山通り沿いの北青山三丁目、オリンピックの隣にあるマクドナルドです)

値段の高そうな店が増えている表参道、青山地区。昨日のテーマにしたオリンピックと隣にあるマクドナルドは入りやすいお店です。以前は24時間営業だったマクドナルドは、いろいろな意味で貴重でした。

結構美味しい100円コーヒーを頼んで、長時間滞在する人もいました。さすがに完全に眠ってしまうと店員から注意されていたようですが、見通しの良い店内なので、安心して滞在でき、トイレもあります。

24時間営業なので、早朝散歩で前を通ると、早起きの年配者などがコーヒーを楽しんで姿が見られました。一時期、テイクアウトだけになった時は、困った人が続出したのではないかと思います。

コロナ禍以降変わったのは、注文待ちをしているデリバリーの人たちが増えたことです。マンションも増えている青山通りかいわい、気軽に注文できるマクドナルドが大好きな住民も多そうです。

ニューヨークに住んでいた時、マクドナルドにはお世話になりました。お店で注文する際、HotTeaが通じなくて往生したこともありました。お気に入りは、ビッグマックミールというセットでした。

東京に戻って、マクドナルドでビッグマックミールと言ったら、通じませんでした。日本ではビッグマックセットというのが商品名です。時々、思い切り食べたくなることがあるのがビッグマックの不思議です。

ビッグマックの値段は、世界物価比較にも使われます。ニューヨークも地区によって、値段が違っていました。高かったのはマンハッタンの5番街近辺で、他のエリアでは少し値ごろになっていました。

#マクドナルド #24時間営業 #たまり場

自分(の仕事)史 2021年7月5日(月)

ニューヨークへ

(写真は、現在、JAL便が到着しているJFKターミナル1。1996年の時は別のターミナルでした)

辞令が出るまでには、少し時間がかかりました。前任者の異動先との関係もあり、NTTアメリカの副社長としてニューヨークに行くことになりました。主な仕事はリエゾン業務と調査業務でした。

ニューヨーク勤務が決まってから、ベルリッツの個人教授に通いました。大して英語が出来もしないのに、これで役に立つのかなというカリキュラムと思い、あまり真剣に学習しませんでした。

ニューヨークで実際に使われている英語に接した時、実感することは出来ましたが、英語で十分コミュニケーションが出来るわけではありません。笑い話のような失敗談が山ほどあり、自信喪失しました。

赴任する前、すでにNTTアメリカで数年間勤務している後輩から、マンハッタンの対岸にあるニュージャージーのヤオハンのチラシをもらったり、ニューヨーク便利帳を教えてもらったりしました。

おしゃべりは英語が上達する必要条件だとか、行くことでブラックボックスがなくなるなどと先輩や友人から言われ、背中を押してもらいました。その通りだったと思っています。今でも感謝しています。

入社して20年、管理職としての仕事も経験し、自信を持って仕事をしていたつもりでしたが、ニューヨークではほとんどすべての経験がリセットです。海外生活ができるかどうか、不安でたまりませんでした。

ニューヨークは今まで4回行ったことがありました。笑顔で挨拶をしてくれた、入国手続きや税関検査などの担当官が一層大きく、威圧的に見えました。予約したホテルまでたどり着くまで不安なままでした。

#ニューヨーク #英語学習 #赴任準備

ほぼひとりごと 2021年7月4日(日)

銀座通り

(写真は、銀座通りに並ぶお店。ドラッグストアのある場所は昔の不二家です)

数寄屋橋にある不二家は、ヤマザキパンの子会社になったあとも、不二家として元気に営業しています。一階でケーキやお菓子を売り、2階は店内でホットケーキを焼くところの見えるレストランになっています。

ドラッグストアになっている場所にも、同じように不二家があり、こちらでもホットケーキを焼いているとことが見えていましたが、閉店してしまいました。日本一地価の高い場所に近く、採算が難しいのでしょう。

ドコモショップになっている場所はクロサワビル。昔は確か、事務機器などを売っていたのだと思います。反対側の隣にはおすし屋さんなどがあったように思えますが、今は雑居ビルみたいになっています。

少し新橋寄りには、タバコ関連の菊水や、子供服のサエグサなど、銀座の柳があった時代から続いているような老舗も並び、松坂屋デパートが銀座SIXになった銀座通りの南側より変化がありません。

ドラッグストアには、申し訳ありませんが、ユニクロやGU同様、銀座通りには似つかわしくないような気がします。このくらいで、留まっていればと願っています。銀座通りの街並みを大事してほしいものです。

インバウンドのみなさんを見ることがなくなった銀座通りは賑わいもなく閑散としていました。ぜいたくなことを言ってはいけないと思いますが、大人の街、銀座が戻ったような気もします。

銀座通りをお店を見ながら、ゆったりと歩くことはあまりなかったように思います。いつもは人混みを縫って、一心不乱に新橋に向かっていたような銀座通り、たまには悪くはないなと思った平日の午後でした。

#銀座通り #不二家 #老舗

ほぼひとりごと 2021年7月3日(土)

鎌倉まで

(写真は、江ノ電江ノ島駅に停車中の鎌倉行の車内。小雨の平日の午後、ガラガラでした)

用事があって藤沢に行った帰り、小雨が降っていた平日の午後、時間に余裕があったので、藤沢から江ノ電に乗って、鎌倉まわりで東京に帰りました。今までに乗った江ノ電は週末が多く、満員でした。

藤沢から江ノ島までは、鵠沼の住宅地を通るので、海は見えません。湘南海岸公園という駅を通りますが、住宅地の中の駅です。平行して、小田急江ノ島線が走っていますが、役割分担しています。

海が見えるのは、江ノ島を出て、ほんの少し道路上を走って、次の腰越駅の先からになります。この区間だけ、路面電車の雰囲気ですが、4両編成の電車が道路上の単線の線路を走るのは迫力があります。

腰越から先、稲村ケ崎のあたりまでは、海を見ながら、渋滞で有名な国道134号線沿いを走ります。湘南の海沿いの国道134号線で、渋滞にひっかかったことが何回かあります。鎌倉が遠く感じられます。

小雨の降っている日の海は、サーファーの姿だけが目立っていました。右側に江ノ島が見えてくるこのあたり、大昔から、戦略的な場所だったように思います。兵どもの夢のあとも点在しています。

稲村ケ崎の先、海は見えません。車庫のある極楽寺は山の中、出るとトンネルです。昔、極楽駅近くにクルマを路上駐車し、江ノ島まで江ノ電で移動して、花火を見た記憶があります。緩い時代でした。

由比ガ浜、和田塚と、住宅地に敷かれた狭い単線を走ると鎌倉です。最混雑期は住民以外入場制限し、乗車するまでに2時間かかると言われていた鎌倉駅まで34分の小旅行、今日はガラガラでした。

#江ノ電 #鎌倉 #サーファー

ほぼひとりごと 2021年7月2日(金)

みゆき通り午後8時過ぎ

(写真は、銀座泰明小学校前。閑散とした午後8時過ぎのみゆき通りです)

雨模様だったこともあり、昨日、7月1日の午後8時過ぎ、銀座泰明小学校前のみゆき通りに面したお店はすでに閉まり、人も歩いていません。以前なら、並んで待機していた黒いクルマもありませんでした。

繁華街に出ている人が増えていると報道されていますが、目立つ場所だからか、閑散としているこのあたりは、銀座らしくありませんでした。新幹線のガード下の居酒屋さんだけが目立っていました。

以前だったら、宵の口のこの時間、これから飲みに行く人や、二軒目へのはしご酒の人が交錯していました。帰宅ラッシュが過ぎた午後8時の電車はエアポケットのように、意外に空いていました。

昔は、忘年会や送別会とかでなくても、仕事が終わったあと、職場で飲みに行くのが義務のようなものでした。早く帰りたい気持ちを抑えながら、先輩や上司の誘われるままの飲み会が頻繁でした。

それが当たり前のことだったので、どうせ、一緒に行くのが義務ならと、嫌がらず、自分の気持ちを盛り上げ、楽しんで参加していたような気もします。たまには、早く帰りたかった時もありました。

銀座が賑わっていると元気が出るような気がしますが、閑散とした静かなみゆき通りも悪くはありません。人やクルマが行き交っているみゆき通りより、街の輪郭がはっきりと見えるような気がします。

久しぶりに、午後8時過ぎのみゆき通りを歩きましたが、相変わらず、閑散として静かでした。すでに1年以上、このような閑散とした状況が続いていることで、いつの間にか慣れてしまったような気もします。

#みゆき通り #午後8時 #銀座

ほぼひとりごと 2021年7月1日(木)

オリンピック青山店

(写真は、北青山三丁目にあるディスカウントストア、オリンピック青山店。食料品は扱っていません)

青山通りの港区表参道、外苑前周辺に、昔からあったスーパーマーケット、ピーコックが先日閉店しました。大丸の子会社として開業し、その後イオングループスーパーとして営業していました。

もっと以前、たぶん、この間までブルックスブラザースがあった場所あたりに、24時間営業のユアーズというスーパーがありました。20代の夜更かしだったので、深夜時間に何回か買い物しました。

表参道にある高級スーパー紀ノ国屋は、一時期の仮店舗を経て、新しいビルの地下で営業しています。あとは自然食品専門店などで、普通の総合スーパーマーケットはなくなってしまいました。

そんな中、オリンピック青山店の看板が目立っています。オリンピックには総合スーパーもありますが、青山店はディスカウントストアで食料品は扱っていません。知らずに入店する人もいるのではと思います。

地下にディスカウントストア、一階には、自転車ショップと、オリンピック以外のお店が入っています。改装が終わったらしく、しゃれた感じで存在感があります。なかなか、良い感じのしつらえです。

昔から青山通りのこのあたりには、住宅公団(今のUR)や都営住宅があり、青山というイメージにしては普通に生活している街でしたが、最近は、建て替えなどが進み、高級アパートの比率が増えています。

すぐ近くの渋谷に行けば、デパ地下があり、中小規模のスーパーでも間に合うとは思いますが、オリンピック青山店が、ディスカウントストアではなく、食料品も扱えば、さぞ便利になるだろうと思いました。

#青山通り #オリンピック #ディスカウントストア

ほぼひとりごと 2021年6月30日(水)

参宮橋駅下りホーム

(写真は、木を活用した小田急線参宮橋駅下りホーム。階段の上に改札口ができました)

数年前まで、間隔は一定ではありませんでしたが、各駅停車が1時間に10本あった小田急線参宮橋駅。今は、1時間に6本となったかわりに、ほぼ10分おき一定の間隔で電車が来るようになりました。

ほとんどの下り各駅停車が、ふたつ先の代々木上原駅で、快速急行に接続できるようになっているので、電車によって、乗り換えの当たりはずれのあった昔にくらべ、使い易くなったとなっています。

各駅停車の編成両数にあわせて、ホームの長さが延長され、バリアフリー用のエレベーターが出来たくらいで、永い間、大きな変化のなかった参宮橋駅が木を使った駅に生まれ変わることになりました。

大改装計画が続いている渋谷区内の公園のように、トイレも改装され、見違えるようになっています。売店がなくなった分、ホームがずいぶん広くなったように見え、駅全体がレベルアップした感じです。

西参道側に新しい改札口が出来たので、下りホームから跨線橋を渡り、上りホームにしかない改札口を出てから、結構、急な坂を上らなければ行けなかった明治神宮や代々木公園へのルートがラクになりました。

酔っぱらった乗客がホームから落ちにくいように向きを直角にしたと言われているJR西日本の大阪地区のように、下りホームのベンチが、線路と平行しての設置ではなく、線路に直角に設置されています。

この間、初めて、下りホームのベンチに座って、電車を待ちました。平行と直角、大した変わりはないかなと思いましたが、今までとちがった景色が見えるようで。参宮橋駅の改装は十分に効果がありました。

#参宮橋駅 #ベンチ #平行から直角へ

ほぼひとりごと 2021年6月29日(火)

談合坂SA下り線

(写真は、だいぶ前に撮った中央道談合坂の下り線SA。ずいぶんきれいになりました)

コロナ禍の前でも、連休など最盛期の中央道の渋滞は以前ほどではなくなっていましたが、20世紀後半、バブルと言われたころのの連休は大変なものでした。確か、五月の連休のことだったと思います。

目的地は蓼科、当時住んでいた飯田橋の社宅を出たのは朝6時前だったと思います。神田から首都高に入り、最初は順調でしたが、次第に渋滞に巻き込まれ、1ミリも動かなくなってしまいました。

最近、たまに渋滞があっても、動かなくなるほどではなく、少しづつ前進します。渋滞標識もわかりやすくなり、あおり運転が話題にはなりますが、以前より無茶な割り込みや路側帯走行も減ったような感じです。

八王子の料金所はほとんど駐車場と同じような状態になっていました。外に出て、クルマを磨く人までいたように記憶しています。早朝のさわやかさもなくなり、太陽の光が次第に強くなっていました。

そのあと、高尾、相模湖、小仏トンネルと牛歩状態が続きました。それでも、少しづつ前進はしていましたので、時々は動くという状態です。目的地に到着予定の時間はとうの昔に過ぎてしまいました。

やっと、たどり着いたのが談合坂SA下り線。ここもクルマと人であふれていましたが、トイレ休憩のためにも入ることしました。すでに午後になっていたと思います。ここまで長い長い時間でした。

談合坂を出て、河口湖分岐を過ぎたあたりから、不思議なことに渋滞が自然に解消していきました。ここまでで8時間以上、都心から時速15キロ、自転車程度の速度、帰りは同じ区間が2時間弱でした。

#中央道 #談合坂 #大渋滞

ほぼひとりごと 2021年6月27日(日)

阪急大阪梅田駅

(写真は、JR大阪駅から撮った阪急百貨店。阪急電車大阪梅田駅からつながっています)

ここ数年で、JR大阪駅がずいぶん変わりました。ホームの上に駅舎が出来て、各線の乗り換えや、阪急、阪神。地下鉄への乗り換えがラクになりました。眺めも良く、そこそこに椅子もあって休めます。

駅周辺の工事はまだ続いていますが、歩道橋も新しくなり、エレベーターやエスカレータ―が設置され、バリアフリーになりました。今は、営業しながらの阪神百貨店改装が最盛期を迎えています。

阪急と阪神との統合からしばらく時間が経ちましたが、阪急電車、阪神電車は昔のままの車両が走り、いつの間にか慣れて、こんなものかなという感じになりました。地下鉄も大阪メトロになりました。

ややがっかりしたのは、阪急梅田駅が大阪梅田駅に改称されたこと。インバウンドが増えたのでわかりやすくしたなどの理由もあるのでしょうが、大阪らしく、それぞれに主張している感じが好きでした。

写真を撮ったアングルで阪急百貨店を見ることはあまりありませんでした。阪急百貨店は昔の建物を活かしながら高層ビルの9階までになり、かつてビル内にあった阪急電車の駅はJRの向こう側です。

伊丹空港を利用した時は、大阪空港からモノレールに乗り、蛍池駅から阪急宝塚線に乗って、梅田に向かいます。ほんの少しの間ですが、品が良いと言われている阪急電車での通勤を味わうことができます。

阪急電車の駅から、JRへの乗り換えの途中、小さな階段を降りると混沌としたお店が並ぶ新梅田食堂街。周辺の建物が整備されても、新宿の思い出横丁同様にしっかり残っています。興味はつきません。

#阪急大阪梅田駅 #大阪駅 #阪急百貨店

ほぼひとりごと 2021年6月26日(土)

京都駅で

(写真は、近鉄京都駅からJR京都駅改札口に向かっている階段とエスカレーターです)

日本ほど、あちこちにエスカレーターがあるわけではありませんが、ニューヨークでのエスカレーターの乗り方は、大阪と同じに左側を空けて乗っていました。東京は右側を空けて乗るというルールです。

JR東日本や一部のデパートなどが、エスカレーターで混雑したり、歩いたり走ったりして、事故が起きないようにないよう、両側を使うように呼び掛けていますが、守られている風情は全くありません。

さて、京都駅で撮った写真。良く見ると、上がるエスカレーターは左側を開け、下がるエスカレーターは右側を開けています。普通、京都は、大阪と違って、右側を開けて乗っていたと思ったのですが。

意識してこうなったのではなく、先頭がどちら側に乗るかによって、そのまま追随してしまったのだと思います。決して、京都が大阪と東京のルールを足して2で割るよう忖度したわけではないと思います。

ニューヨークと大阪が同じように右開けだったので、右開けがグローバルルールなのかなと思いましたが、アメリカでもワシントンやボストンで、左開けで使われているエスカレーターを見たこともあります。

東京からのゲートウエイ、伊丹空港や新大阪駅で、最初に乗るエスカレーターは東京ルール、次に乗るエスカレーターは大阪ルールだと気づいて、思わず笑みがこぼれ、うれしくなったことがあります。

このような経験が何気なくできるところに、大阪の魅力があると思っています。京都駅まで移動すると、不思議と少しだけ東京に近づいたという実感が湧いて来ました。京都駅で感じたことでした。

#ニューヨーク #大阪 #京都